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讀書餘錄(上)

    (一)

 近頃又讀書に沒頭してゐる

毎晩五十頁乃至百頁位づつ

必ず讀んでゐる。僕が買ふ本

はどんな本かといふと、先づ

第一に著者、それから裝幀、

書物の題名―この三つが僕の

好尚に適してゐて、ふところ

に金があれば、内容などは考

へずに直ぐ買つて了ふ。だか

ら時には讀後案外つまらない

思ひをすることもある。こん

なものなら高い錢をだして買

ふには及ばなかつたと後悔す

る。さういふ時には、この著

者は自分の好きな作家だから

とか、この本は装幀がいいか

らとかいふ理由をみつけて、

自分自身に辯解することにし

てゐる。

 て最近僕の買つた本はと

いふと、佐藤春夫氏の「神々

の戯れ」杉村楚人冠氏の「そ

の他」第一書房の小泉八雲全

集」夏目鏡子氏の「漱石の想

ひ出」芥川龍之介氏の「西方

の人」「大導寺信輔の半生」高

橋是清氏述「高橋是清一代記」

秦豊吉氏譯「西部戰線異狀な

し」室生犀星氏の「天馬の脚」

中央公論社版「千夜一夜」徳富

猪一郎氏の「讀書と散歩」等で

ある。これらの中で「千夜一

夜」と「小泉八雲全集」は御承

知の通り豫約出版であつて、

一年以上に渉る月刊である。

何れも一册菊版五百頁以上の

大册であるから、これ丈けで

も讀み了るのには随分骨が折

れる。「小泉八雲全集」の如き

は今迄に八册も來てゐるが、

去年はずうつと怠け通しだつ

たので、漸く一册を讀了した

のみである。それにも不拘上

記のやうな幾册もの本を買ひ

込んだので、あれを讀みこれ

を讀みして讀みかけばかりで

きて了つた。由來本好きなど

といふものには、それぞれ變

なくせがあるものだが、僕な

どは一册の本に噛りついて一

氣に讀み了へることは稀れで

ある。殊に新らしく一本を購

つて來た時などは、昨日迄の

讀みかけの本をその儘にして

置いて先づ今日買つた本にと

りかかるといふくせがある。

こういふ不經濟な本の讀み方

をして平氣でゐるといふのは

僕の書物を愛する所以ゆいんが、書

を讀むことの樂しみより以上

に、書物をあがなふ樂しみにある

爲である。

    (二)

「神々の戯れ」は報知新聞へ

出たものだが、この作品はこ

の本の裝幀のやうに壯重なも

のである。主人公の高木と呼

ぶ人物は勿論、女主人公の麗

子も常識以外―いや常識以上

の性格と生活を持つてゐる人

物である。だが、これらの人び

との周圍に起つて來る樣ざま

な事件は比較的常識的である

やうに思へる。これは一面、

新聞の連載小說であつた爲め

の作者の手心であるかも知れ

ない。然し作品を通じて享け

る感銘は矢張り名人の名作た

るを失はない。作者の特異な

る氣品を十分に感じ、その渾

然たる藝術構成に襟を正さし

めるものがある。

「その他」は随筆集である。

多少新聞記者くさいところは

あるが、全篇悉く僕には面

白かつた。殊に巻頭の一篇「有

名なる無名氏」は興味津々た

るものである。今迄この著者

のものは題名が氣に入らなか

つたりして、讀まず嫌ひであ

つたが、この本は確かに名著

である。


(越後タイムス 昭和五年 二月九日 
     第九百四十五號 六面より)


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        ソフィアセンター 柏崎市立図書館 所蔵


※見出し画像は 加藤タカシさん作、引用元(キリヌケ成層圏
 を使用させていただきました。(小泉八雲=ラフカディオ・ハーン)

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