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休むことで生産性をあげる。人生の。

こんにちわ、アスリート通訳の壱成です。

写真は、コロナで自宅にずっといるので髪を切れず、伸びたので野獣らしく輪ゴムで結んだらアートになった写真です。

くせ毛でも寄付できるみたいなので、これが終わったらヘアドネーションで髪の毛を寄付しようと思います。。。

髪が切れなくて髪が伸びてしまうからこそ助かる人もいるってことだから、どんなことでもいろんな側面を見ようよって今の世界に言われてる気がします。

今回は休むことで逆に効率が上がって結果的には我慢して頑張るよりも量も質もよくなることがあるってことについて書きます。

最近、このコロナの影響でほとんどが家にいる時間になりました。

そして感じてたことがあります。それはなんか生産性が少なくなってる気がするけど俺大丈夫か??ってことです。

仕事に言ってる時よりもブログもできているし、英語のインスタアカウントも投稿できてる。学ぶ時間も増えたので勉強する量も圧倒的に増やすことができてる。しかもトレーニングの質もよくなってるのにも関わらず、なんで生産性が無いかのように感じてしまっているんだろうか。

そして思った。

普段では仕事に行き、そこで一日の中で結構な時間、必ず誰かのために働いているから、なんだかんだで生産性があるなーって感じることができているからです。

そしてそこで思考があるかどうかは別として、何かに時間を占領されている状態。これを多くの人は生産性があって、社会に貢献しているっていう考えになっているんでは無いかなって思った。

なんかこれに関して考えているとすごく変な気持ちになった。全ての人間の共通の望みは、幸せになること。なのに自分の時間が多くあることに関して、全ての人が前向きでは無い。

無限の人生でも無いのにも関わらず。

暇って誰かに言うことと、あいつは何もできないって感じで見られてしまうがち。これってどうなんだと。

日本だけに限らず、多くの国が発展するためにかなり多くの人たちが自分の時間ではなく、仕事に重点を置いて生きてきた。僕も大学のときはかなりの日数アルバイトをしていたし、21歳で大学をやめてプロの通訳になってからもほぼ毎日働いてきた。そして今も。

今の仕事が大好きだし、すごくhappyでいることができてる。

でも、毎日自問自答をしながら生きている中で、自分が自由に使える時間に対して、日本では軽視されがちな気もしています。実際に海外で生活もして、様々な国出身の人たちからいろんな価値観や人生に対しての感覚的なものを学びました。大都会に住む人たちや貧困地域に住む人たちから。

本当に学びが多い。

比較する際には、全ての人を比較するのはできないので、極端な言い方になってしまうが、これは僕の殴り書きnoteなのでそれも含めて楽しんで欲しいです。

日本を含めた経済的に発展している国の人たちは仕事に対してかなり執着がある人が多かった。逆に、貧困層に住む人たちは自分の時間や家族との時間に対してすごく執着がある人が多かった。

ここにはいろんな要因があるのは間違いないです。

都会に住むにはお金がいるとか、そもそも仕事が大好き、家族のために仕事をしてるから仕方が無い。など。

逆に、仕事が面倒くさいとか、家族で生活できればそれで良い。そもそも仕事が無い。など。

こんなのがあると思います。

全ての事柄にはいろんな側面があって、いろんな味方をすることができると思います。

僕が言いたいのは自分の中でそもそも大事なのは何なのかってことを一回考えてみるのが良いんじゃないかってことです。

これもあくまで提案、全てこの記事を読む人たちの味方とか価値観で決めてください。

でも、少し時間があるなら、考えてみてください。

限られた時間を生きている僕らが何に時間を使うのか。

それってほんまに大事だと思うんですよね。

それをしっかり考えることができる脳を持って生まれたことにThank you.って感じで。

自分が自由に使える時間を持つことって、素晴らしいことだと思います。

何もしていない時間って少し怖かったりもすると思うんですけど、その時間も含めて、脳は働いているから。

少しでもhappyが増える人生を過ごせますように。

Be optimistic.

山崎壱成


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