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【中世⑥】『レベレーション-啓示-』~中世英仏の破局と「人間」ジャンヌ=ダルクのすがた~

※ 本記事は記事シリーズ「あのマンガ、世界史でいうとどのへん?」の記事です。
※ サムネは『レベレーション』1巻表紙より。

 中世の折り返しにヨーロッパ、イスラーム圏、そして東アジアを貫いたモンゴル帝国の侵略。前記事でその紹介を終えた本記事シリーズはここから中世後半のお話へと入っていきたいと思います。ただ、うちイスラーム圏・中華圏では中世終盤までモンゴル勢力の支配が続きますので、しばらくはヨーロッパの歴史にお話を絞って進めさせてください。
 まずは、少し前の記事でとりあげたヨーロッパの二大国、すなわちイギリス・フランスのビミョウな関係のその後です。

 前回この2国を取り上げたのは中世の3記事目、すなわち『ブルターニュ花嫁異聞』の記事でした。少し復習しますと、この2国は互いに全く異なる出自を持っていましたが、11世紀後半にフランスの一貴族がイギリスに攻め込みそのままイギリス王となったことで、図らずも兄弟のような関係を築きます。
 この関係は先の記事でも見たとおり様々な問題を起こしたわけですが、このいざこざが極まったのが、14世紀前半に始まり文字どおり約100年間も継続した、英仏百年戦争です。

 フランスの一貴族が成す王家の統治が300年ほど続いていたイギリスでしたが、ある時イギリス王がフランス王の娘と結婚。その後このフランス王が男子後継者を遺さず亡くなってしまうのですが、ここで上記のイギリス王とフランス王の娘との間に生まれ、既に新たなイギリス王となっていたエドワード3世が、その血縁を理由にフランス王位を自らが継ぐことを主張するのです。この主張はフランスをイギリスの支配下に置くも同義であり、フランスはこれに強く反発。そのまま戦争状態に突入します。これまでのビミョウな2国の関係が、ついに炎上した瞬間です。
 その後は戦争当初からイギリスの支配領域が急速に拡大。ペストの流行等により戦いに中断も入りますが、開戦から90年ほど経つ頃にはフランスの北部、西部の広大な領域がイギリスの勢力下に入る等、戦況はイギリスに大きく傾きます。
 そんな土壇場のフランスに突如現れたのが、ドンレミ村の少女ジャンヌ=ダルクでした。「神のお告げを聞いた」と主張する彼女は、何の後ろ盾もない平民の少女であるにもかかわらず一軍を率いて戦場に身を投じ、要衝オルレアンを奪還。そのまま反攻を続け、当時正式に実施できていなかったフランス王の戴冠式を実現、フランス王の正当性にお墨付きを与えるのです(この間わずか3か月)。その2年後ジャンヌは敵対勢力の手により処刑されてしまうのですが、勢いを取り戻したフランスはその後急速に支配領域を取り戻し、イギリスに対し大逆転勝利を収めることになるのです。

 この少女の凄まじい人生を、『日出処の天子』で有名な山岸涼子先生が描いた作品が、『レベレーション-啓示-』です。

 その「創作」と言われても不思議に思わない、嘘のような快進撃。ゆえに「ジャンヌ=ダルク」はあまりに有名なのであり、様々な形でその人生が語られているところなのだと思います。しかしその中でも本作の素晴らしい点は、ジャンヌのそのファンタジーのような人生を、できる限りファンタジー要素を排して描かんとし、これに見事に成功しているところだと思います。
例えば、ジャンヌのキャリアでまずハードルになるのが、何の後ろ盾も、実績もないところから自ら率いる軍を手にすることでした。この点、本作では例えば奇跡のような神の力を見せることで兵を得た、といったような説明はなされません。その代わりに描かれるのは、最初は身一つで地方の有力者に兵を貸せと嘆願し門前払いされるも、もともとこの地域にあった「ロレーヌ地方の少女がフランスを救う」という伝説に背中を押されてジャンヌの嘆願が口コミで広がってしまい、有力者も少数ながら兵を提供せざるを得なくなってしまう、といったリアルな経緯。その後もジャンヌはある時は小さな偶然、ある時は自身の機転により、徐々に王の信任、そして市民らによる神格化を受けるようになり、やがて強力な一軍を率いるようになるのです。その様は「神の使い」というよりは、「意図せず自身を偉大な存在に見せてしまったことで大衆の信仰を得たカリスマ」であり、ジャンヌの人生が「ファンタジックな英雄譚」ではなく、「現実で起こりえる戦争劇」として語り直されるのです。

 しかし同時に、「神のお告げを聞いた」という確かに彼女の心にあった信仰を決して無視せず、リアリティを維持しながら、そうした宗教的な要素を十二分に織り込んでいるのも、この作品の精巧な点でしょう。本作の最終盤、ジャンヌの異端審問において繰り広げられる極めて理性的な論戦は、中世の人々の「神」との向き合い方を、一般的に「中世」が持たれるネガティブイメージと一線を画しながら誠実に描く優れたドラマです。また、異端審問含む後半のエピソードは、「なぜジャンヌは神の声に従ったにもかかわらず破滅したのか」という、彼女の人生にまつわる宗教上の問題にも一つの答えを提示するものになっています。

 ファンタジックにとらえられがちなジャンヌの人生を、現代の私たちと地続きである現実感あるドラマとしてとらえ直させてくれる、非常に完成度の高い作品です。


次回:『狼の口 ヴォルフスムント』~十字軍と西ヨーロッパ世界の分岐点~ 


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