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【現代⑤】『東独にいた』~冷戦末期、斜陽の国家と行き止まりの恋~

※ 本記事は記事シリーズ「あのマンガ、世界史でいうとどのへん?」の記事です。
※ サムネは『東独にいた』1巻表紙より

 ヨーロッパ戦線におけるナチス=ドイツの降伏、そして極東戦線における日本の降伏をもって、第二次世界大戦は終結を迎えます。
 一定の交流こそあれ、かつては互いに独立して歴史の歩みを進めてきた各地域は、特に帝国主義の隆盛以降、欧米列強による植民地化によって欧米を中心とする世界へと溶け込んでいきます。そしてその欧米列強が二つの派閥に分かれて対立することで、世界全体を二つに分ける大戦争が二度も勃発したのです。この世界の一体化と、これによる戦争の大規模化こそが、「近代」「現代」を分ける最も大きな変化の一つだと思います。

 ではその大戦が終わってその一方が勝利したとき、世界はついに、本当の意味で「一つ」になったのでしょうか。いいえ。第二次世界大戦終了後に待っていたのは、その戦勝国側がまた二つの派閥に分かれて争う、新たな世界戦争でした。アメリカ合衆国率いる資本主義国家群と、ソ連率いる共産主義国家群とによる「冷戦」の開始です。

 そもそも、第二次世界大戦においてこの二国が協力関係にあったこと自体、ドイツや日本という共通の敵が存在するがゆえの異常事態と言えるものでした。
 『戦争は女の顔をしていない』のページで見たように、ソ連の共産主義とは特定の個人による富の所有を許さず、平等のためにこれを国が管理して分配しようとする思想です。この思想は、アメリカを世界一の大国へと押し上げた「個人が自由に経済活動を行って互いに競争することで、新しい産業や技術が発展していく」という経済思想と真っ向から対立するものであり、ソ連の経済体制が世界に波及していくことは、アメリカに致命的な結果をもたらしうるものでした。さらに、ソ連がアメリカに届きうる軍事力を持っていたことは、大戦がようやく終わったばかりのアメリカの危機感を煽ります。大戦が終わったと思ったら、アメリカは今度はソ連の勢力伸長を防ぐべく、戦争の傷が深いヨーロッパ諸国への経済援助や、これらの国との軍事同盟など、様々な手を打っていくのです。
 黙っていないのはソ連です。大戦中ナチスに対して抵抗運動を続け、ソ連によって解放された東欧諸国では共産主義体制が広まり、ソ連と経済同盟・軍事同盟関係を締結。敗戦国ドイツに至っては、資本主義体制をとる「西ドイツ」と、共産主義体制をとる「東ドイツ」の二つの国に分裂させられます。こうして、世界は再び二つの陣営へと編成され、軍事的な衝突まではエスカレートせずとも、長らく深い対立関係が続く「冷たい戦争」の状態へと移行するのです。

 その後この「冷戦」構造は緊張と緩和を繰り返しながら半世紀続き、ようやく状況が大きな変化を迎えたのは1980年代後半になってからでした。既に自主的な技術革新を期待できない社会主義経済のデメリットに苦しんでいたソ連は、1986年以降ついに政治・経済の民主化を断行し、1989年に米国と共同で「冷戦の終結」を宣言。その後ソ連の支配下にあった東欧諸国が次々に独立を宣言し、これによりソ連は消滅します。ソ連の中核であったロシアは引き続き大国として残りましたが、共産主義経済という壮大な実験はここに一旦の終結を迎え、米国を中心とした国際社会が到来するのです

 
 宮下暁先生作『東独にいた』が舞台とするのは、この冷戦構造崩壊の前夜、1985年の東ドイツです。5年後にドイツ統一によって消滅する国家であり、初見時によりによってこんなややこしい舞台を!と衝撃を覚えたのを今でも覚えています。
 主人公のアナベルは東独の軍人です。彼女は小さな本屋の店主ユキロウに思いを寄せており、暇を見つけては足繫く本屋に通う一方、テロリストを束ねる反政府組織との壮絶な戦いに身を置いています。物静かな文学青年に思いを寄せる裏で人を殺している自分、この斜陽の国家のために、自分でも意義を見失いそうになる血濡れの所業を成す自分に葛藤するアナベルなのですが、本作は彼女になお深刻な事実を突きつけます。彼女が日々戦っている反政府組織の首領は、他でもなく彼女が思いを寄せるユキロウなのです。

 非常に魅力の多い作品なのですが、まず強調したいのは、本作はこの料理のしがいのある設定をしっかりと素晴らしい人間ドラマへと仕立て上げている点でしょう。アナベルは自らの所業を肯定するために、斜陽の祖国を愛そうとする。一方ユキロウは祖国を愛するがゆえに、自らの信念に従って斜陽の祖国を断罪する。だからアナベルは、自分が持とうとしている愛国心を裏に秘めたユキロウたちに一種の憐憫を覚えてしまうし、ユキロウは自分なりの信念を持ちたいと望み悩むアナベルに対し、不思議な共感を抱いてしまうのです。しかし、アナベルとユキロウはもう引き返せないほどに、互いに相いれない立場に囚われてしまっている。崩壊前夜の国家で、二人はいかなる結末を迎えるのでしょうか。
 その他、「マンガであること」をやめかけていると言ってもいい宮下先生の独特すぎるマンガ表現など、言及したいところが盛りだくさんの作品です。まずは試し読みから、ぜひ覗いてみてください。

次回(最終回):【エピローグ】『Pumpkin Scissors』~歴史は終わらない、正義は見えない~


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