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映画『WAVES/ウェイブス』プレイリスト解説(ネタバレ)  前編

『WAVES/ウェイブス』 2020年7月10日公開
監督:トレイ・エドワード・シュルツ
キャスト:ケルヴィン・ハリソン・ジュニア
     テイラー・ラッセル

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悲劇を軸に対称的に描かれる兄妹の人生、それは泡沫のように淡く儚い。泡沫は寄せては返す波にのまれ、いとも容易く壊れてしまう。
テーマとなるのは人と人の繋がり、その破滅と再生を描く、ある種ありふれた話とも言える今作。にも関わらずこの物語を傑作たらしめているのは、その鮮やかな色彩と映像表現、そして革新的な音楽の使い方によるものだろう。 
人の感情を音楽と光彩で表すという直感的な表現方法だが、注意深く観ているとそれは非常に繊細で計算高く作り込まれている事が分かる。放たれる映像が、光が、言葉が、色が、音楽が、その全てが登場人物の感情を映し出すファクターなのだ。それが観ている者の視覚と聴覚を伝わり、脳に直接呼びかけるような感覚。そこに生まれる圧倒的な感動。出来る事ならばこの作品は劇場の大画面で、大音量で観て欲しい。間違いなくその価値がある作品だ。
映像や楽曲のセンスの良さからこの作品をスタイリッシュなお洒落映画と言いたくなる気持ちも分からなくないが、それだけで片付けるのは余りに勿体無い。  劇中で流れる沢山の名曲たちにも、それが使われるきちんとした意味がある。本記事ではこの映画で使われる楽曲の持つ''意味''を解説していこう。
※ここから先はネタバレなので未見の方はご注意ください。

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【ネタバレあらすじ-前半-】
主人公は輝かしい日々を生きる高校生タイラー。
厳格な父親の元で鍛えられ成績優秀なレスラー選手として活躍する一方、愛する恋人アレクシスにも恵まれ幸せな日々を過ごしていた。
だがそんな幸せな日々は突如として終わりを迎える。肩を故障してしまい選手生命が断たれたのだ。傷心の中アレクシスに救いを求めるが、時を同じくして彼女の妊娠が発覚する。子供を産むか堕ろすかですれ違いが重なり、遂にはアレクシスから別れを告げられてしまう。
自暴自棄になりドラッグに溺れるタイラーはSNSでアレクシスが他の男と楽しげ楽しげにしているのを知る。怒りに任せアレクシスがいるパーティ会場に乗り込むタイラー。
激しい口論の末、タイラーは激情に任せてアレクシスを押し倒してしまう。アレクシスは倒れた拍子に頭を強く打ち、不幸にも帰らぬ人となってしまった。そして殺人犯として逮捕されたタイラー。音を立てて崩れ去る日常と未来。ここで前半は終わりを迎える。

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以下、プレイリスト解説

FloriDada
by Animal Collective

この作品のオープニングを飾るのがAnimal CollectiveFloriDada
フロリダの美しい海に架かる橋を渡りながら、幸せの絶頂にいる主人公タイラーとその恋人アレクシスを360°動きまわるカメラが映し出す。
ポップでサイケデリックなメロディがとてもキャッチーなこの楽曲はドライブを楽しむ恋人同士のキラキラと眩しい日常を表すと同時に、本作がどういう物語かも仄めかしている。このシーンの歌詞は以下の通り。

♪Where's the bridge that's gonna take me home?
A bridge that someone's fighting over
A bridge that someone's paying for
A bridge so old, so let it go
家に続く橋はどこだ 
誰かが争う橋 誰かが金を払う橋 
そんな古い橋は放って行こう

橋の上のドライブで、橋について歌う歌詞が使われている。この"橋"こそがこの作品においては重要な意味を持っている。
前編は兄、後編は妹を軸に二部制で描かれるこの作品では対比的な表現が多用されている。それは例えば生と死、幸せと不幸、愛と憎しみ、家族と孤独。相反する二つだがそれらはとても密接に繋がっていて、ふとしたキッカケで簡単に入れ替わる。それは良い方向にも悪い方向にも。
そんな相反する物の境界線を表す視覚的なモチーフが"橋"なのだ。ここで渡っているのは物語の舞台から恐らくはセブンマイルブリッジというキーウエストの島々を繋ぐ、まるで天国に繋がる様な橋。映像的にも美しい、幸福と希望にに満ち溢れたシーンだ。ただ彼等は橋を渡り始めてしまった。それは彼らにこれから起こる変化を示唆している。 

Be Above It 
by Tame Impala 

ロックバンドTame Impala。グラミーにもノミネートされたアルバム『Lonerism』の冒頭を飾るのがこの楽曲、Be Above It。力強いドラムブレイクをループさせその上にシンセやエフェクトを重ねることで徐々に高揚させていくこの楽曲は、今作におけるイントロの役割を果たす一曲。学生生活、レスリング、恋愛...タイラーを取り巻く輝かしい日常がこの楽曲と共に映し出される。

♪And I know that I gotta be above it now
 And I know that I can't let them bring me down
俺は超えていかなくちゃならない
彼奴らに俺を倒す事はできない

厳格な父親の期待に応える為に、タイラーは人生に勝ち続けなくてはいけない。この歌詞をトレーニング風景と合わせる事で、常に高みを目指す彼のストイックな心情を表している。
この楽曲は劇中に二度使われるのだが、ここではスタジオ音源とライブ音源をミックスさせたバージョンを使用している。スタジオ音源には'Gotta be above it'とリフレインする声が入っている一方で、ライブ音源にはそれが無い。曲の冒頭はインストにした方が序章らしさが出るということで、二つのバージョンを組み合わせ、新たに最適なバージョンを作り上げたのだ。

また、この楽曲が流れる冒頭のシークエンスで、映画の主題とも取れるワードが登場する。ほんの一瞬映し出される授業風景で、朗読されている"Carpe Dime."という詩。そして教壇の後ろにも同じ言葉が飾られている。
CARPE DIEMはラテン語、英語で言うとSeize the dayで『その日を摘め=今を生きろ』と訳される。
一元的にも思えるこの言葉だが、捉えようによってはそのベクトルは全く変わる。一つは「(未来を見ず)今を生きろ」、もう一つは「(過去に囚われず)今を生きろ」。人生は選択の連続だ。少しのボタンの掛け違いが大きな悲劇を産むかもしれない。

Mitsubishi Sony 
by Frank Ocean  

今作で最も重用されているアーティストFrank Ocean 。監督はFrank Oceanの大名盤BlondやChannel Orangeからではなく、皆が耳馴染みの少ないであろうという理由から、あえてビジュアルアルバム『Endless』の曲を意図的に多く使用している。
パーティの帰り路、皆で騒ぐ車中で一瞬流れるMitsubishi Sonyのアウトロ部分。細かく揺れるノイズのような電子音はとても刺激的で、パーティで夜更かししてハイになっているタイラーたちの感情を表している。

What A Diff'rence A Day Makes 
by Dinah Washington 

家族での礼拝の帰り道、車の中で流れるのがQueen of the BluesことDinah Washington の最大のヒット曲What A Diff'rence A Day Makes。
美しいストリングスをバックにしっとりと歌い上げる珠玉のバラード。
運命の人と出会った一日で運命が変わったというロマンチックなラブソングだが、このシーンで歌われるのは一節のみ。

♪What a difference a day made
 Twenty four little hours
一日でこんなにも違うなんて
 たった24時間過ぎただけなのに

たった一日の間に起こった出来事が運命を大きく変えてしまう事を示唆している。それは良い方にも悪い方にも。この後タイラーに起こるたった一日の出来事、それが彼の人生を大きく変えてしまうのだ。
後述するが、劇中にこの曲は二度使われている。そのベクトルは正に真逆で、それもこの作品の対比的な表現の一つとなっている。

Lvl
by A$AP Rocky  

MRIのノイズとシンクロして流れるのがASAP RockyのLvlのイントロ。
前後のシーンの静寂も相まって、押し寄せる音は波のよう。そしてMRIに入る為、上下に動くベッドに乗せられるタイラー。まるで人生の満ち引き、浮き沈みを表すように。レベルとは立ち位置の事を表すのだろう。
このシーンは一瞬だけれど本当に音と映像が完璧に重なり合っていて美しさすら覚える。監督もこの映画で一番好きなカットの一つと述べている。

Rushes 
by Frank Ocean

肩を故障してしまい選手生命を断たれ絶望の中にいるタイラーが、唯一の支えであるアレクシスと海辺て語り合うシーンで流れるのがこの曲。
この楽曲で歌われるのは恋愛関係にある浮き沈み。曲中の''Twin peaking, highs and lows''といった対比表現は、今作における前半と後半の合わせ鏡のように正反対な展開を示唆している。
本楽曲の優しく穏やかな音は二人を包み込むようにも思えるが、ロマンチックなキスシーンの奥では雷鳴が鳴り響いている。これからの道を暗示するように。

Backseat Freestyle
by Kendrick Lamar

唯一の心の支えであったアレクシスすらも失いそうなタイラー。痛みを忘れるためにドラッグをキメて、友人たちと遊びに出た先で大合唱するのがKendrick LamarBackseat Freestyle
Kendrickがこの曲で描いているのは未熟だった16歳の頃の自分だが、それは痛みを忘れようとドラッグや怒りに身を任せ傷ついた自分から逃れようとしているこのシーンのタイラーそのものだ。

America
by The Shoes

遊びの帰りの車の中で流れるThe ShoesAmerica
この楽曲にあるのは圧倒的なエネルギー。タイラーの中で渦巻く行き場の無い衝動をこの曲は表している。

Focus
by H.E.R

タイラーがアレクシスとメールのやり取りをする中で流れるのがH.E.RFocus。やり取りの中で分かり合えずとうとう潰えてしまった二人の関係。
映像ではタイラーが映されているが、この歌の中に込められているのはアレクシスの心だ。

♪Baby, focus
Can't you see?
I just wanna love you, baby
Look me in my eyes
ねぇ、ベイビーこっちを見て
私のことが見えないの?
あなたを愛したいだけなのに
ちゃんと私の目を見てよ

自分の本心を分かって欲しいと一生懸命伝えているのに、タイラーは自分の事ばかり。愛したいのに少しづつ心が離れていく、そんな悲しみと恋の終わりをこの曲は表しているのだ。

IFHY (feat Pharrell)
by Tyler, The Creator

遂にアレクシスから別れを告げられてしまい、怒りで部屋を滅茶苦茶にするタイラー。それは愛故の憎しみ。行き場の無い感情。このシーンで流れるIFHYのリリックはタイラーのそんな心情を映し出している。

♪I fucking hate you, but I love you
I’m bad at keeping my emotions bubbled
You’re good at being perfect
We’re good at being troubled
お前がクソ憎い でも愛してる
俺は同じ気持ちでい続けるのが苦手
君は完璧でいるのが上手
俺たちはトラブルを起こすのが上手

Surf Solar
by Fuck Buttons 

タイラーと別れた後、タイラーの事を忘れたようにパーティで他の男と楽しげにするアレクシスと、部屋でドラッグ漬けになりSNS経由でそんなアレクシスの姿を見つめるタイラー。
対照的な二人のシーンで流れるのはエネルギッシュで躍動感溢れる本楽曲。それはアレクシス側の10代の有り余るエネルギーと、タイラー側のアレクシスに向く衝動的な怒りの両方を映し出している。

Love is a Losing Game
by Amy Winehouse

パーティ会場に流れるAmyの名曲、Love is a Losing Game
ロマンチックな曲調とは裏腹に歌われているのは恋の終わり。タイラーがまだ一縷の望みがあるものと思っているのに対し、アレクシスはその関係を完全に終わったものと捉えている。

♪One I wish I never played
Oh what a mess we made
And now the final frame
Love is a losing game
こんな恋しなければ良かった
もう滅茶苦茶になってしまって
遂に終わりを迎えてしまう
愛は勝ち目のないゲーム

この曲を聴きながら穏やかに踊るアレクシスの表情がとても綺麗で儚い。

I Am a God
by Kanye West

怒りに駆られたタイラーが父親を押し倒し、アレクシスのもとへ向かうシーンで流れるカニエのI Am a God
それまで決して逆らうことの出来なかった、絶対的な存在であった父親。そんな父が少し突き飛ばしただけで、いともたやすく倒れてしまった。
それまで神のように畏怖していた父親が自分より弱い存在だと分かってしまった。そして彼の暴走が始まる。まるで自分を神だと勘違いしたかの様に。

U-Rite (Louis Futon Remix)
by THEY

本楽曲が流れるパーティ会場へ乗り込むタイラーの姿がワンカットで描かれる。鳴り響くU-Riteのサウンドは自分がその場にいるかのような臨場感を持たせると共に、鮮やかに点滅する照明も相まって後に起こる悲劇を予感させる警鐘のようにも聴こえる。

Be Above It (Erol Alkan Rework)
by Tame Impala

輝かしい未来に向け生きていたオープニングのタイラーと、今や何もかも失い完全に落ちぶれたタイラーを比較する様に再び流れるBe Above It。残酷な演出である。
そしてこのシーンは先ほど出てきたH.E.RのFocusと連動するシーンでもある。トイレで手を洗い、鏡の中の焦燥し落ちるところまで落ちてしまった自分に気付くタイラー。そしてFocusの歌詞が以下の通り。

♪Hands in the soap
Have the faucet's running
And I keep looking at you

手に石鹸の泡が残ったまま
蛇口の水も止めずに
私はあなたを見ているのに

先のシーンでFocusが流れた時はアレクシスの心情を表す曲だったが、このシーンのタイラーも示唆していたと思われる。

Ghost
by Kid Cudi

タイラーがパーティ会場でアレクシスの後を追うシーンで流れるGhost
うつ病をテーマに歌うKid Cudiのこの曲が表すのは崩壊してしまったタイラーの心。
全ては順調だったはずなのにどうしてこうなってしまった?何故全てを失ってしまった?輝く未来が待っていたはずなのに、''何者でも無い者=Ghost''になってしまったタイラーの深い悲しみがこの曲には込められている。

♪I’m most confused about the world I live in
You think that I’m lonely, well I probably am
One thing that still gets me
When did I become a ghost?
この世界で一番バグっているのは自分だ
孤独だと思うだろ、その通りだ
未だにこの心を揺さぶるもの
いつから俺は幽霊になってしまったんだろう

The Stars In His Head (Dark Lights Remix)
by Colin Stetson

タイラーはアレクシスの命を奪ってしまった。
ジワジワと迫りくる様なThe Stars In His Headのサウンド。それは最悪の悪夢の中で鳴り響くアラートのよう。でもそれは生々しい現実なのだ。
彼らを取り巻く全てが一瞬にして崩れ去ってしまった。時間も命ももう戻らない。タイラーとアレクシスの物語はここで終わる。

そして映画は妹エミリーへの物語へ。
後編へ続く。

最後まで読んで頂きありがとうございます。