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映画 『ライトハウス』 解説&考察 【ネタバレあり】

古くから船乗り達の旅路を導いてきた灯台。それはいつしか希望や目標のメタファーとして人々に用いられてきました。しかし、本当に灯台は船乗り達にとって希望と言える物だったのでしょうか。
映画『ライトハウス』はその名の通り孤島の灯台を舞台にした作品ですが、本作の灯台は人々を導くどころか登場人物や観客を混乱と狂気の中に突き落とします。まるで茫漠たる海を前にすれば、灯台の持つ希望の灯りなど微かなものに過ぎないと嘲笑うように。

ロバート・エガース監督はハフポストのインタビューで『この映画は答えより謎を重視している』と語りました。また同監督は様々なインタビューで本作の本質に関しては度々濁すような発言をしています。つまり本作においては明確な答えは明示されておらず、様々な解釈が出来る作品という事です。
本記事ではその数多ある可能性の中から監督や出演者のインタビューを基にした自分なりの解説・考察をしています。当然そこは違うだろというような意見もあると思いますが、解釈の一つという事でそこはご理解ください。

映画『ライトハウス』を観て答えを求めている人たちにとって、本記事が答えに近づく為の微かな灯台の灯りになりますように。

▶︎作品情報

『ライトハウス』 原題:The Lighthouse
監督:ロバート・エガース
脚本:ロバート・エガース/マックス・エガース
出演:ロバート・パティンソン/ウィレム・デフォー

ストーリー:1890年代、ニューイングランドの孤島に2人の灯台守がやって来る。 彼らにはこれから4週間に渡って、灯台と島の管理を行う仕事が任されていた。 だが、年かさのベテラン、トーマス・ウェイクと未経験の若者イーフレイム・ウィンズローは、そりが合わずに初日から衝突を繰り返す。 険悪な雰囲気の中、やってきた嵐のせいで2人は島に孤立状態になってしまう。(『ライトハウス』公式サイトより引用)
https://transformer.co.jp/m/thelighthouse/




長編映画デビュー作である『ウィッチ』(2015年)で興行的・批評的にも大成功を収めたロバート・エガース監督の待望の2作目『ライトハウス』が遂に日本で公開されました。
本作は独特のアスペクト比や撮影手法、セットや衣装、主演二人の演技や数々の元ネタetc...語るべきポイントが山ほどあって全てに言及しようと思うと幾ら書いても終わらないので、本記事ではストーリーの解析に焦点を当てて書いています。(本作の基となった実話や言い伝え、古典映画や小説など数々の元ネタに関してはパンフレットに細かく書かれているので気になった人は読んでみると面白いですよ。)

ー以下ネタバレ全開ですー



▶︎登場人物

イーフレイム・ウィンズロー(ロバート・パティンソン)
本作の主人公。寡黙な新人の灯台守。
カナダで木こりをしていたが、灯台守が稼げると知ってこの仕事を選んだと言う。この仕事で金を稼ぎ、家を買って静かに暮らすのが夢。
〜ウィンズローの秘密〜
本名はトーマス・ハワード。イーフレイム・ウィンズローとは木こりをしていた時にハワードを扱き使っていた上司で、事故に見せかけて殺した男の名前だった。イーフレイム・ウィンズローを殺した後、名前を偽る事で新しい人生が拓けると信じ、逃げるようにニューイングランドにやってきたのだった。

トーマス・ウェイク(ウィレム・デフォー)
知識が豊富で信仰深い熟練の灯台守。
かつては船乗りをしていたが足に怪我を負い引退、その後灯台守となる。
多弁な酒好きで、普段は威圧的な人物だが酔うと友好的になり、船乗り時代の思い出や海の言い伝えや神話について語り出す。
〜ウェイクの秘密〜
船乗り時代の思い出話に整合性が無く、虚言癖があると思われる。最終日前夜にはウィンズローの働きっぷりを誉めていたが、雇い主に提出する日誌にはウィンズローを激しく非難し破滅させるような内容が書かれていた。
支配欲の塊のような人物で、灯りを独り占めするだけで無く助手の精神をも支配しようとする。(但しこれはウィンスロー視点から見たウェイクです)

▶︎ストーリーの全貌と解説・考察

太字は粗筋、細字は解説です。

ー1日目ー

ニューイングランドの孤島に灯台守として赴任してきた二人の男。4週間という期限付きで、同じ家で暮らし灯台の管理をするのが彼らの仕事だ。老いたトーマス・ウェイクは熟練の灯台守だが、若いイーフレイム・ウィンズローは今回が灯台守として初仕事だった。到着してすぐウィンズローは家を散策し、ベッドの割れ目に人魚の置物が隠されていることに気付いて大事そうに懐に忍ばせる。※1
夕食時、ウェイクは酒で乾杯しようとするがウィンズローは酒は飲まないとその誘いを断る。やがて業務の分配の話になるが、ウェイクは灯台の灯りの管理は俺の仕事だと強く主張し、ウィンズローは迫力に押され承諾してしまう。
その日の夜遅く、ウェイクは灯台に登りその灯りを見つめていた。裸になり恍惚とした表情で。※2
一方その頃海沿いを探索するウィンズロー。そこで不思議な光景を目にする。海の向こうから流れてくる大量の丸太とその影に浮かぶ死体。近付こうと海に入るウィンズローだったが、突如身体が沈み、海中で叫びながら近付いてくる人魚を目撃する。※3
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※1:ギリシャ神話で人魚は「セイレーン」という名の恐ろしい海の怪物として登場します。歌声で船乗りを混乱させて船を難破させる力を持つセイレーン。今作でも人魚は混乱や錯乱の象徴と捉える事が出来ます。もしかするとウィンズローは最初から狂っていたのかも、という可能性がここで示唆されます。
またウィンズローは人魚の置物で自慰する、人魚相手に性行為をするといったシーンも出てきます。ウィンズローにとって人魚は抑え切れない性欲を表しており、その姿の通り女性(及び女性器)の象徴でもあります。因みに今作では様々なものが男性器・女性器のモチーフとして出てきます。
※2:ウェイクは灯台の灯りを「彼女(She)」と呼び、夜な夜な灯りを眺めながら自慰行為を繰り返しています。ウィンズローにとって人魚がそうであるように、ウェイクにとって灯りが欲情の対象であり、これもまた女性(及び女性器)の象徴と捉える事ができます。
またウェイクはこの灯りを幾度となく自分の所有物であると主張しており、ウェイクの支配欲を象徴するものとしても描かれています。
※3:これはウィンズローの過去を表す夢です。海に浮かんでいたのは自分が殺して名前を奪った本物のイーフレイム・ウィンズローの死体。ウィンズローは新しい生活を始めようとしながらも、実は罪の意識に縛られているという事がここから推測されます。
またここでは本物の人魚が姿を見せます。後のシーンでも本物のイーフレイム・ウィンズローと人魚(と自慰シーン)は連続して描かれますが、この事から性欲を発散する事で罪の意識から逃れようとしている(が逃れられていない)事が窺い知れます。

ー2日目ー

場面は朝に切り替わる。
目覚めて早々ウェイクに重労働を押し付けられるウィンズロー。屋根の隙間からベッドで腰を振るウェイクを目撃したり、片目のカモメに仕事の邪魔をされながらも従順に仕事をこなしていき、燃料を補充するため灯台に登り灯りのある最上部に入ろうとするが、ウェイクにそれを止められ仕事が遅いと嗜められる。そしてここには決して入るなと言わんばかりに、最上部の内側から鍵を掛けられてしまう。
その日の夕食時、ウェイクは様々な話をウィンズローに言い聞かせる。以前ウェイクと共に働いていた灯台守は死んでしまったという。人魚の話をしたり、灯台の光に魔法が宿っているなどと言って気が狂った末に死んだと。※4
また海鳥には死んだ船乗りの魂が宿っており、殺すと不吉だから手を出すなと言う。それを鼻で笑うウィンズローを殴り、ウェイクは再び「決して海鳥を殺すな」と強く警告する。※5
夜更けに倉庫で自慰に耽るウィンズロー。事を済ませ外に出ると灯台の最上部にいる裸のウェイクを目撃する。
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※4:ウェイクのモチーフとなっているのはギリシャ神話に登場する「海の老人」と呼ばれる海神プロテウスです。ポセイドンの従者であるプロテウスは予言の力を持ち、過去・現在・未来を見通す博識な神であると同時に様々な生き物に姿を変えるシェイプシフターでもあります。
ウェイクはウィンズローに様々な逸話や神話を語り、後にウィンズローが犯した罪(過去の殺人やカモメ殺し)を見透かし、ウィンズローの行く末も予言します。またウェイクが後に触手の怪物や人魚、本物のイーフレイム・ウィンズローに姿を変える(ウィンズローの幻想の中で)のもシェイプシフターである神がモチーフになっている為です。
※5:今作で海鳥(カモメ)は不吉や死の象徴として登場します。本作は非常に難解な作品ですが、賢者が決して破ってはいけないと言う禁忌(ここで言う海鳥殺し)を破ってしまった事で主人公は最終的に破滅の道を辿る...という物凄くシンプルな寓話でもある訳ですね。

ー3日目〜14日目ー

ウェイクは家の拭き掃除が不十分だとウィンズローを強く叱責する。※6
また別の日、ウェイクはウィンズローに灯台のペンキ塗りを命じ、ウィンズローを灯台に宙吊りにするがロープが千切れ落下してしまう。※7
落下の衝撃で気絶したウィンズローが目を覚ますと、またしても片目のカモメが現れ、ウィンズローを馬鹿にするかのように威嚇してから逃げ去っていった。※8
その日の夜、ウィンズローは日誌を鍵付きの棚にしまうウェイクを目撃する。夕食時、ウィンズローは初めて自分の名前は''イーフレイム・ウィンズロー''だと名乗る。残り2週間は名前で呼んで欲しいからと。※9
また前職はカナダの木こりだったと明かす。
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※6:ウェイクは強い支配欲と古い男性感を持つ人物です。ウェイクを演じるウィレム・デフォーはインタビューでそれを「有害な男らしさ」と語っていました。ウィンズローに対し(古い価値観での)女性的な作業や行為を強要し、彼の反抗心や男性性を奪っていきます。
※7:ウェイクの支配欲が露骨に出ているシーンです。灯台は男性器のモチーフで、脚本にも''灯台は勃起した男性器のようだ''と表現されています。ウィンズローが灯台をペンキで塗っているのを、ウェイクは上から指図しながら眺めています。見下しながら男性器をウィンズローに奉仕させている(要はフェラチオさせている)ウェイクの姿がこのシーンから連想されます。
(※追記-落ちた後顔に白いペンキが付いてるのは顔射を表しているっぽいですね。言われて気付きました。)
※8:後のシーンでウェイクの元相方が片目の死体として登場します(但し、それが真実かどうかは定かではありません)。カモメには船乗りの魂が宿る、つまりこの片目のカモメにはウェイクの元相方の魂が宿った存在なのでしょう。片目のカモメ(=ウェイクの元助手)は自分のいた場所に居座るウィンズローの存在が許せず、その為に威嚇してきていると読み取れます。
※9:名乗る必要がなかったにも関わらずわざわざ偽名を名乗り、その名で呼んで欲しいと頼むウィンズロー。そこにあるのは新しい人生を歩もうとする自分を認めてほしいという承認欲求。ウィンズローにとってウェイクは苛立つ存在であると同時に、自分を認めて欲しい父性的な存在になりつつあるという事がここで分かります。

ー15日目〜27日目ー

ある日の夜更け、灯台の燃料室に忘れた煙草を取りにいくウィンズロー。
そこから灯りのある最上階を覗くと、そこには裸で喘ぐウェイクがいた。そこから滴り落ちてくる粘液、そして蠢く謎の触手を目撃する。※10
また別の日、水道からヘドロのようなものが出てくる。※11

慌てて井戸を確認すると体がボロボロの死にかけのカモメが浮かんでいた。そこに再び現れた片目のカモメ。襲いかかってくるカモメにウィンズローは怒りを爆発させ、カモメを掴んで岩に叩きつけて殺してしまう。その瞬間、急に風向きが変わり雲行きが怪しくなり始める。※12
最終日前夜、これが最後だからと2人は初めて酒を飲み交わす。ウェイクは初めて自分の名前が’’トーマス・ウェイク’’だと伝え、再び灯台の光は自分の物だと強く主張する。※13
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※10:今作で異形の怪物が出てくるのはこれで2度目ですが(1度目は2日目の人魚)、この2つに関しては共に夜中に見ており、シーンの切り方からしても夢と捉える事が出来ます。逆に言うとこのシーン以降の怪物が出てくるシーンは夢か現実か見分けが付かないように描かれます。(現実か幻想か曖昧になる契機は飲酒)
※11:これは自分が好きな余談なのですが、このシーンで水道から出てくるヘドロのような液体の正体はハーシーのチョコレートだそうです。
※12:またしても襲いかかってきた片目のカモメ(=ウェイクの元助手)を殺めてしまったウィンズロー。ウェイクの「海鳥殺しは不吉」という言葉通りここから海が荒れ始めます。海鳥殺しをした事により言い伝え通り悲劇が起こったとも取れますが、ウェイクの元助手が自らを狂わせて殺した(確定では無いですが)ウェイクと、自らの場所を奪ったウィンズローの2人に与えた罰という見方も出来ます。
※13:ウェイクが灯台の灯りが自分のものだと主張すればする程灯りに対するウィンズローの憧れが強くなりますが、ここではまだウェイクに対する畏怖の感情がその気持ちを抑えています。

ー28日目ー

酔い潰れ床で目覚めたウィンズロー。ウェイクはまだ眠っている。部屋に溜まっていた排泄物を海に投げ入れようとするが、風で自分の顔にかかり発狂する。
その後、石炭を運んでいる途中で海岸に横たわる女性を見つける。駆け寄って確認するとそれは美しい顔をした人魚だった。人魚は突如目を開け叫び、ウィンズローは恐怖のあまり走って家に逃げ込む。※14
その後2人は嵐の中で迎えの船を待つがいくら待てども来ない。ウェイクが嵐でしばらく船が来ない事を示唆する。隠していた酒瓶を掘り起こしひたすらに飲酒する2人。ウィンズローは泥酔し、溜まっていた不満をウェイクにぶつける。ウェイクは自らの料理を侮辱されたことに怒り、ウィンズローに呪いじみた言葉を浴びせる。※15
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※14:飲酒を契機として、いよいよ異形の怪物が現実(と思しき)シーンで現れ始めます。ここから現実と幻想の区別が付かなくなってきます。もしかすると本作はアルコール依存症の怖さを描く作品でもあるかもしれませんね。
※15:ここでウェイクは何度も「俺のロブスターが好きと言え」とウィンズローに迫ります。※7と同様にウィンズローに対して支配欲や女性的役割を求めているウェイク。ここでのロブスターとはつまり男性器を表しています。因みにウィレム・デフォーはインタビューでこのシーンに言及された際、「ナポリで男性器のスラングは''fish''だそうです」と豆知識を披露していました。
ウィンズローはウェイクの呪いじみた言葉に萎縮はしていますが、ウェイクの昔話に解れが出始める(足を引きずっている理由が以前聞いた内容と違う)と同時に、畏怖の感情が薄れ出したのか少しずつ対する反抗心を取り戻し始めます。
またここでウェイクがウィンズローに唱えた呪いじみた言葉は、ラストでウィンズローが辿る運命を暗示しています。先に述べたプロテウスの予言能力発揮のシーンですね。因みにこのシーン、ウィレム・デフォーは一度も瞬きをしていません。

ー29日目?ー(ここから日数が曖昧になる)

ウィンズローは灯台の最上階の鍵をナイフで開けようとするが失敗し、寝ているウェイクから鍵を奪おうとするがそれも未遂に終わる。※16
仕事中も酒を飲むようになったウィンズローは倉庫で人魚の置物片手に自慰する。その脳裏に映る幾つかのイメージ...灯台、人魚、そして木こりの男。金切声を上げながら果てるウィンズロー。またウィンズローはロブスターの網カゴの中から片目の死体を発見する。※17
シーンは変わり、激しく飲み交わす2人。狂乱したかのように踊ったかと思えば、恋人同志のように抱き合いチークダンスをした流れで口付けしそうになり、その後殴り合いに発展する。※18
その後落ち着いたウィンズローは、酔った勢いで自分の秘密を語り始める。イーフレイム・ウィンズローというのは偽名で、自分の本当の名前はトーマス・ハワードだというのだ。本物のイーフレイム・ウィンズローは彼が殺した木こりの名前だった。(本人は殺したと明言はしていないが、言動から殺した事は明らかである)
その後ウェイクの「何故秘密を話したんだ」という不吉な声がこだまする。シーンは灯台の上に変わり、ウィンズローはそこで横たわるもう1人の自分の姿と、裸で目から光を放つウェイクの姿を目撃する。※19

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※16:ウィンズローに再び芽生えた反抗心。ウェイクが独占する灯りを何とか見ようと画策しますが失敗に終わります。しかしその事でウェイクの灯りを求める感情は更に強くなっていきます。
※17:ウィンズローが自慰中に思い浮かべる物を映し出すこのシークエンス。逆さの灯台が徐々に上向きになっていく映像で勃起する男性器を表しています。ロバート監督曰くこのシーンは灯台と勃起した男性器を交互に映すマッチカットにする予定だったが、R18指定を避けたい出資者(A24含む)からそれは避けるよう指示があったそうです(そりゃそうだ)。だたそのシーンを削除する事を条件に、本作を35mmのモノクロネガフィルムで撮影する承諾を貰ったのだとか。
人魚の女性器(サメの陰唇がモデル)を想像しながら自慰に耽るも頭から離れない殺した本物のイーフレイム・ウィンズロー。逃れられない罪悪感に怒り、その感情を人魚の置物にぶつけます。
※18:本作はウィンズローがアイデンディティを失い狂っていく物語ですが、同時に揺らいでいくセクシャリティを描く物語とも受け取れます。女性的な役割を押し付けられながらもウィレムに父性や憧れを抱き始めるウィンズロー。男性器の象徴である灯台の中に女性器の象徴である灯りがあるように、自らの中に秘めた女性的な部分が露呈しウェイクに性的欲求を求めキスしそうになります。またウィレムも料理や編み物といった(古い価値観の)女性的とされる作業をしているシーンが描かれます(灯台守が暇つぶしに編み物をするのは当時ごく普通の事だったそうですが)。その後の殴り合いは彼らが男性らしさを無理矢理取り戻そうとする表れなんでしょうね。因みにエガース監督は、この2人が同性愛者だとも、そうでないとも明言していません。
※19:このシーンはウィンズローの深層心理を表していると思われます。イーフレイム・ウィンズローとしての自分と、トーマス・ハワードとしての自分。裂け始めたアイデンティティが2人の自分として表れています。
またウェイクの目から光が放たれるシーンは、画家サシャ・スナイダーの「催眠術」という絵画を基にしています(以下画像右側)。色々解釈の余地はありそうですが、''自らを催眠術にかけるように狂わせ、アイデンティティを破壊しようとしているのはウェイクだとウィンズローは考えている''という事を表しているのだと自分は理解しました。

ー30日目?ー

走って逃げるウィンズロー。
非常ボートで逃げようとするがウェイクが「俺を置いていくな」とボートを破壊し、斧を持ってウィンズローを追いかける。部屋に入り言い争いをする2人。ウェイクは非常ボートを壊し、斧で襲いかかってきたのはウィンズローだと言う。(どちらが真実かは不明)※20
ウィンズローは自分を狂わせているのはウェイクだと言うが、ウェイクはウィンズローの抱える秘密(殺人、カモメ殺し)を突きつけウィンズローを落ち着かせる。もう2人は何日間そこにいるのか分かっていないようだ。※21
その後、酒の代替として灯油を飲み出す2人。狂乱する彼らの家を荒波が襲う。

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※20:今更ではありますがこの物語はウィンズロー目線で進められています。最初から狂っていたかもしれない''信用できない語り手''であるウィンズロー。一方でウェイクも虚言癖のある''信用できない導き手''です。一体どちらの言う事が真実なのでしょうか。何ならどちらの言う事も真実ではない可能性も十分にあり得ます。
※21:ここでもウェイクのモデルであるプロテウスのお見通し能力発揮です。実際はカモメ殺しはどこからか見ていたのでしょうし、ウィンズローが人殺しという事はウィンズローの言動から簡単に分かる事ではありますが。

ー31日目?ー

荒波により物が散乱した部屋が映し出される。
ウィンズローはウェイクが日々付けていた日誌を発見する。そこに書かれていたのは、「ウィンズローは怠け者で給料を払う価値がない」と雇い主に進言する言葉だった。※22
ウィンズローはこれまで溜まりに溜まっていた苛立ちを爆発させ、ウェイクを大ボラ吹きだと非難する。その後どうしても灯りが見たいとウェイクに懇願するがウェイクはそれを一蹴し、更には泣き出すウィンズローを強く批判する。
その言葉に我慢の限界が来てしまったウィンズローは遂にウェイクに襲いかかる。縺れ合う中で、ウェイクは本物のイーフレイム・ウィンズローや人魚、触手を持つ海の怪物に姿を変えるがそのまま殴り続けるウィンズロー。※23
ボロボロになりうずくまるウェイクに犬の鳴き真似をさせ、そのまま外の穴に落とし生き埋めにする。※24
ウィンズローはそのまま土に埋もれたウェイクから鍵を奪い、煙草を取りに部屋に戻るがそこに斧を持ったウェイクが襲いかかってくる。肩に怪我を負いながらも斧を奪いウィンズローはウェイクを殺害する。
血塗れになりながら灯台に登り、ウィンズローは遂に憧れ続けた灯りを前にする。灯りはウィンズローを受け入れるように動きを止め、扉を開ける。灯りの中に手を伸ばしたウィンズロー。彼は恍惚か、恐怖か、狂乱か、得も言われぬ表情で絶叫した後に、バランスを崩し灯台の底へ転がり落ちていく。※25
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※22:先にも述べましたがウィンズローは''信用出来ない語り手''です。ウェイクのこの日誌が全て真実という可能性も十分に有り得ます。この日誌に書かれている''飲酒''、''自慰''は実際にしている訳ですから。
※23:シェイプシフターであるプロテウスよろしく次々と姿を変えるウェイク。本物のイーフレイム・ウィンズロー(1)、人魚(2)、海の怪物のような造形で支配的な笑いを見せるウェイク(3)。それらは全てウィンズローの心に取り憑いていた悪夢です(順に罪悪感(1)、抑えの効かない性欲(2)、自らを支配し操らんとする存在(3))。ウィンズローはそれらを暴力という形でウェイクにぶつけ克服する訳ですね。
※24:自らを何度も犬扱いしてきたウェイクに犬の鳴き真似をさせ、老犬と呼び四つん這いで歩かせるウィンズロー。完全に立場が逆転する瞬間です。
※25:ウィンズローは灯りの中で何を見たのかは分かりません。ただエガース監督は『何故灯台の灯りの中を映さなかったのですが?』という質問にこう答えています。『それを見せてしまったら、あなたもウィンズローを同じ運命を辿ってしまうからです』と。

ー最期の日ー

映像は暗転し、岩山にシーンは切り替わる。
そこには全裸で生きたまま内臓をカモメに啄まれるウィンズローの姿があった。
(完)
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※26:ウェイクがプロテウスをモデルにしているように、ウィンズローにもモチーフとしているギリシャ神話の神がいます。それは神々に叛逆し人間に火をもたらしたトリックスター、プロメテウスです。
全知全能の神であるゼウスは怠惰な人間に不満を持ち文明の象徴である火を剥奪しましたが、プロメテウスはそんなゼウスを騙して火を盗み、人間に与えてその利用方法を教えました。おかげで人間は火を使えるようになりそこから文明を築いていく訳ですが、ゼウスは自らを騙し勝手に人間に火を与えたプロメテウスを許さず残酷な罰を与えます。その罰とは’’コーカサス山の岩の上に鎖で縛り付け、生きたまま鷲に肝臓を食わせる’’というもの。プロメテウスは不死であるため肝臓を喰われてもすぐ再生し、その苦しみは終わることはありませんでした。(後にヘラクレスに助けられます)
火(灯り)を求めてゼウス(ウェイク)から奪い、その結果生きたまま鷲(カモメ)に肝臓を食われる。今作のラストシーンは神話のままですね。ウィンズローが死ぬ間際に見ている幻覚かもしれませんし、死後に煉獄で苦しめられている姿かもしれません。確かなのはそれが「罰」であるという事。神から与えられた罰か、罪悪感に苛まれた挙句自らに課した罰か、ウェイクの呪いによって生み出された罰か。それは定かではありませんが。

▶︎真実の行方

結局のところ何が現実で何が現実で無いかは本作で明らかになりません。初めに述べたように様々な解釈の余地がそこには残されています。ここではその数多ある解釈の中で、自分なりに導き出した幾つかの可能性をご紹介します。

①初めから狂っていたウィンズロー説
個人的にはこれが一番あり得るかなと。
初日から人魚に魅せられていたように、ウィンズローは人を殺したという罪悪感で最初から狂っていたのでは無いでしょうか。仕事熱心なウィンズローは彼がそうありたいと思ったイメージを反映しているだけで、実際は酒浸りで自慰してばかりの怠け者。当然非難されますがそれも全部ウェイクが悪いと脳内変換しており、その結果がこの作品で語られる物語なのでしょう。上述していますが、この作品で映し出される映像はウィンズローという''信用できない語り手''目線なのですから。そう考えると前職でも使えない犬扱いされていたというエピソードも生々しく聞こえますね。
また彼は幻覚の中でもう1人の自分を見ており、その事は彼の人格が二つに乖離している事を示唆しています。そう言った事を踏まえるとこの説は更に現実味を帯びてきます。
この作品で語られる事は殆どがウィンズローの嘘か幻想で、ウェイクが正しかったと。何ならウェイクの存在すらも怪しく感じてきてしまいますが。(名前が同じという事、今作がアイデンティティを描く作品である事からウェイクがウィンズローの想像の中の人物という可能性も十分にあります)

②メンタル攻撃と酒によって狂ってしまったアル中啓蒙説
一番物語を素直に受け入れたのがこの説です。
ウェイクは本当に嫌な老人で、助手を精神的に支配し小道具(人魚の置物など)や酒を使いながら言葉巧みに狂わせようとしている、いわばウェイクが狂人だったという可能性も十分に考えられます。前任の助手も同様に狂わされ、殺されたのでしょう。
つまり、27日目に酒を飲むまでは人魚や触手が出てくる夢以外は全て現実。そこから酒と彼の言葉によって精神が蝕まれ、白昼も人魚や本物のイーフレイム・ウィンズロー等の幻想を見るようになってしまったと。思えばウィンズローはウェイクが禁止や止めた事を悉く破っています(海鳥殺しするな→殺す、秘密を話すな→話す、灯りの部屋に入るな→入る等...)。ウェイクはウィンズローの好奇心や欲求を刺激してそうするように仕向けていたのかもしれません。

③人智を超えた力によるコズミック・ホラー説
エガース監督はインタビューで今作はラヴクラフトの影響もあると語っています。その事から考えられるのは、この物語はウィンズローが見た怪奇現象含め未知なる力によって引き起こされた現実だったというものです。灯台の灯りに人の精神を惑わす不思議な力が宿っていたのか、はたまた人魚(セイレーン)の叫びに狂わされた末の物語なのか。この説を基軸にするとその可能性は無限大に広がります。
エガース監督は、この作品がラブクラフトのようなSFホラーである可能性についてインタビューで問われていますが否定はしませんでした。

▶︎参考にしたサイト等

https://www.scriptslug.com/assets/uploads/scripts/the-lighthouse-2019.pdf 

↑これは本作の脚本です。映画の脚本が読めるなんてありがたい時代です。
↓そしてこちらはエガース監督による解説YOUTUBEです。









▶︎余談

最後に本作で自分が好きなエピソードをいくつか紹介します。
・灯台の上で様々な演技を見せていたウィレム・デフォーですが実は高所恐怖症なんだとか。高所での撮影を怖がりつつも役者根性で何とかこなしていたらしいです。
・酔っ払って滅茶苦茶なダンスをする2人ですが、この撮影のために2人ともダンスのレッスンを受けたそうです。どういうレッスンだったんでしょうかね...。
・ウィンズローが手にした人魚の置物は、フードバンクに寄付する目的でA24によってオークションにかけられました。その結果、匿名の購入者に110,750ドル(約1,220万円!)で落札されたそうです。高い!
・本作には元々内容がかなり分かり易いバージョンの脚本もあったそうですが、エガース監督は観客をウィンズロー同様に混乱させる事を目的として最終的な脚本を完成させたそうです。なので今作を観て混乱した人はエガース監督が望む形で映画を楽しんだという事です。やったね!

最後に主演2人のハンサムフォトでお別れです。

長文読んでいただきありがとうございました。

最後まで読んで頂きありがとうございます。