見出し画像

シングルマザーに負目を感じた過去。世間の流れに惑わされないで。どの地点でも完璧!あなたも私も。

疲れ様です。ゆです。

「普通」って、何でしょうか?
イメージ的には、大多数の一般常識、当然とか?

しかし、それが自分にとって合っている、嬉しい楽しいこととは限りません。自分にとっては当然でないこともあります。
目に見えない感情の部分でも、世の風潮に流され、逆に苦しくなっていませんか?

今日は【親編】

私はこの別居・離婚の十数年間というもの、
「普通」という言葉にとてと苦しめられました。

幸い学生時代から禅に親しんでいたので、
頭の中では、この点に苦しむ必要はないと分かってはいましたが、ずっと苦しかったのです。

派遣社員で勤めた7年間のこと。
職場の環境は良く、同僚も派遣先の人も良い方ばかり。
しかし自分がシングルマザーになったことを伝えたのは、業務上関係する極々少人数だけで、それ以外の人と話すときには言えなかった(婚姻中の名を名乗っていたため、誰も気が付かなかった)。だから家族や旦那さん、マイホームの話題は苦しかったけれど、適当に話を合わせる方が、事実の説明をするよりよっぽど楽だった。自分自身、離婚の現実を受け止められていなかったからだ。

また、生活の面から言っても、我が家は親子2人。連携プレーが必須なので、他のお友だち宅の慣習と異なる点も多く、いわゆる普通ではないのかもしれない。

そして、借金がある点も。

いわゆる世の「普通」が正しいとすれば、私の人生終わってます・・・。

しかし私の生活、今が過去一で圧倒的に楽しいのです。
その理由は推測するに下記の通りです。

①「普通」という世の流れに苦しみ抜いた先には、心の平安が待っていた。

②それともストレスが凄すぎて、心身の防衛本能が働き、思考が停止したか?

③もしくは、これが一番正解に近いと思いますが、自分の人生の残りの長さを感じ、これ以上無駄は許されないと判断し、自分の素質、運命・宿命を受け入れた。

やはりオリジナルが楽ですし、何よりパワーをもっています!!

それが罪をおかして、人を傷つけていないのなら良しとしましょう◎。

上記③の通り、時間の有限さを感じた私は、
残りの人生はなるべくストレスなく、オリジナルで、この世に生まれてきことを謳歌したいと考えています。

つづく





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?