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かつての親友が他人になってしまった話

かつて親友だった人と2年振りに会った。2年前、飲食店でいつもの様にだべっていた。当時俺が付き合っていた人をその親友だった人に貶され、怒りを抑えられずに俺は店を出た。それから2年間連絡を取らなかった訳だが、最近彼の誕生日だったし過去に言われた事は的を得ていると思えたため、「誕生日おめでとう」と送った。


「なんですか?」と返ってきた。


元々そんな口調ではない。普通に連絡をとっていた時も感情豊かな文面ではなかったが、敬語を使われたことなんて1度もなかった。
突然の敬語と疑問形に驚いたが、ネタでやってるのか?と思い、「仲直りしたいと思いまして…」とこちらも敬語で返した。


すると、彼からは、AIが打ったのかと思わせるほど人間味のないビジネスメールが返ってきた。


もう本人に許諾を取ることもできないため、文面を載せることは出来ないが、そこには


「今まで貴方がいなくても何も思わなかったし、今の交友関係、環境の変化から今まで通りの関係に戻ることは出来ない。だからこの連絡を最後に貴方との関係を終わらせたいと思っている」


という内容が、ビジネスメールの文体で送られてきた。「まずは誠意の込められた連絡ありがとうございました。」とか、「こちらで熟考させて頂きました。」とか、「遺恨なく」とかも書いてあった。あんたは企業の面接官か。そんなんじゃなかっただろ。そんな気持ちを押し殺し、こちらも精一杯の敬語やら謙譲語やらで埋め尽くされた長文を返した。縁を切るまではよく2人でカラオケに行っていた。だから「1回カラオケに行ってから縁を切るかどうか決めて欲しい」と言う内容を、長ったらしい返信の中に折り込んだ。伝えたい内容はそれだけだったから。


そしたら以外にも、「明日カラオケ行く予定だったから都合が良ければ明日行こう」と(いう内容のビジネスメールが)返ってきた。連絡をした時はまさか「9時間後には会う事になる」なんて考えもしなかった。



俺達はお互いが同じくらい離れていて、尚且つよく遊んでいた少し大きめの駅で待ち合わせをした。彼に2年振りに会った。何も変わっていなかった。変わってないのは外見だけかもしれない。そう思い始めたのは、彼と再会して二言くらい言葉を交わしてからだった。彼から発せられる言葉一つ一つが、どこか他人行儀で、かつてふざけ合っていた彼はもう居ないのだ、と、半ば強制的に分からせられたようだった。




そこからカラオケのあるビルに歩いていった。彼は、なぜか「前を歩いてくれ」と言った。「なんで?」と聞き返すと「怖いから。」と言われた。確かにその駅の南口はアンダーグラウンドで、危険な噂が絶えない。しかしそれは夜の話で、カラオケに向かっていた時刻は午前11時。俺は「まぁこの辺りは危ないからね」と返すと、返事はなかった。




しばらく歩いていると彼が「○○(共通の友達)のトーク履歴を後で見せて欲しい」と言ってきた。不思議に思い、素直に「なんで?」と聞き返すと、「まぁ、積もる話は着いてからにしよう」と逸らされてしまった。学生の頃いつも一緒に帰っていた3人の残りの1人の事だ。カラオケに着き、トーク履歴を見せた。特に連絡はしていなかったので、何も無かった。俺は再びなぜこんなことを聞いたのか尋ねた。






「今日は刺される覚悟でここに来た。お前らが俺をどういうふうに殺すかを相談してたと思ったんだ。」






俺は嬉しかった。




「なんだ、いつものお前じゃん。おふざけを言えるくらいには関係が保たれていたんだ。」とその時は思った。






彼は本気だった。


俺が仲を戻したいと要求した時、一回断ってきたこと

それでも1回会いたいと俺が言ったら無理に断ってこなかったこと

駅からカラオケに行くまで俺に前を歩かせたこと


最初から彼は本気だった。
本気で刺される事を想定していた。



彼曰く、何も守るものがない人は人を殺す危険性があるという認識なのだ。なんでも、ニートの男が次々と児童を殺害したニュースを聞いて、そのような考えに至ったらしい。俺は1回自殺を実行したことがある。その時の精神状態は落ちる所まで落ちていた。もちろん彼にも相談していた。そんな過去があったため、彼の中では「自殺なんて何も守るものがない人ができる事だ」と変換され、それが何故か自分に向いていると思ったのだろう。




そんなことには気づかず俺は「おふざけを言えるならこのままあの時みたいに戻れるのではないか」なんて考えながら歌い始めた。


その日は夜に予定を入れていたため、途中で帰るつもりだった。カラオケの時間や場所を決めていた時に彼が夜までいると言っていたからだ。歌ったり彼と話してるうちに最近の身の回り事情の話になった。その話題の中で彼は、「飲みに行ったり遊びに行ったりした時はちゃんと人と関わっているし楽しいと感じる。」と言った。それは良かった。と、俺が告げると、「だから…」と申し訳なさそうに彼が言葉を詰まらせた。

気づけば最初からテーブルにはパソコンやら何やらが広がっていた。それは縁を切る前の光景だった。

だから安心した。


でもそれはもう昔の彼だった。


俺は察した。


「だから…」の後は、「カラオケに来ても自分が作業をしているということは、お前のことを意識していない、いないものとして扱っている」と彼は言いたかったのだ。そっくりそのまま聞き返した。すると彼は「そういう事だ」と言った後、なにか吹っ切れたように彼は続けた。


「君達と関わっていた時…中学と高校か。その間我慢していた。いや、楽しかったのは事実なんだよ。楽しかったのもあったんだが、俺は我慢していたんだ。我慢強い人って急に糸が切れたようにどうでも良くなる時が来るらしくて、俺もそうだった。君が自殺をする少し前くらいの時、本当にこいつは救いがないっていう感情と共にどうでも良くなったんだ。君のことが。」










何を我慢していたのか、正確にはいつの話なのかを聞く精神力はもう俺には残っていなかった。輝いていた過去が全部嘘だったなんて受け止めきれなかった。1番楽しかった。3人で馬鹿やって、死ぬほど笑って、時には怒られて。1番人生を楽しんでいたあの時は嘘だった。中学校を卒業しても彼とは頻繁にカラオケに行っていた。友達だった。嘘だった。



「過去の人にしてくれ」と彼は言った。
「本当に酷いことを言っている自覚はある」とも言っていた。俺は精一杯普通を演じた。「そりゃそうだよなー」とか「まぁ生きてれば色んな人に会うしね」とか。一生懸命大丈夫な自分を演じた。連絡先も消して欲しいと告げられ、消した。その後2曲歌って帰った。



今まで自分の世界には1と0しか無かった。1は100と大して変わんないし、0は0でしか無かった。好きか嫌いか。有るか無いか。白か黒か。動くか止まるか。でも初めて1と0以外の領域、「マイナス」を認識することが出来た。彼は我慢しながら楽しい時間を過ごしていた。俺は楽しければ笑うし楽しくなければその場から居なくなる。過去に関係が「有った」としたら俺はいつだって「有る」と考える。他人にはならない。でも彼の中では過去は「有る」でも今は「無い」だった。




かつて親友だった人を失って得たものは第三の領域。その代償と対価が見合ってるかどうかは、生きてみないと分からない。ゆっくり確認していくとしよう。

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