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いつものスーパーマーケット

休日だというのに体力的にも精神的にもひどく憔悴しきった日があった。
さっさと家に帰ればいいのだけれど、それも違った。
家に帰って一人になったら、膝を抱えててそのまま暗闇に紛れ込み、二度と戻って来られなくなる気がした。
家はシェルターであり、家はひとりぼっちだ。

ふらふらと、ぼんやりと街を歩く。
頭が回らない、何も考えられない。
どこに行けばいいのだろう。

*-----*

するとどうだろう。
自分でもちょっと信じられないようなことだったのだけれど、
私の足が無意識に向いたのがいつものスーパーマーケットだった。
毎日繰り返して仕事に行き、
毎日繰り返して帰りに寄るスーパーマーケット。
そこを二周くらいして、いつもとあまり変わらない顔ぶれの野菜や魚や、日用品にぼんやりと目をやった。
真剣に品定めをする人もいる。
二人で楽しそうに食材を選ぶカップルもいる。
店内BGMは、少し昔のJ-pop。
閉店が近づいてきて、店員さんが忙しそうに行き来している。
いつも不思議なのだが、彼らとはあまり目が合わない。

私はあまり人が集まらない小さなベンチにしばらく座って、憔悴しきったその1日のことを反芻した。

*-----*

つまるところ、「いつものスーパー」は、「いつものわたし」を形作っている場所なのだと思う。
毎日そこで食材を選び、買い、家に帰って自分のために料理をし、自分が生きていくための糧を得る。
今日はこれが安い、この時期はこれが美味しい。
明日のお弁当はどうしよう。
作り置きも段取りしようかな。

頭をフルに使いながら、未来のささやかな献立を考える。
スーパーマーケットという場所は、
わたしの食や暮らしと直結している場所であり、
わたしの日常があり、
わたしの社会性があり、
わたしの物差しがある場所なのである。

そこで私は、狂ってしまっていた自分の頭や心の目盛りをもとに戻す。
じんわりと、思考が戻ってくる。
モノクロだった世界に色味がさした心地だ。
時計に目をやる。
思ったよりずいぶん遅い時間になっている。
目を瞑ってため息のような深呼吸をする。
目を開けば、いつものスーパーだ。

ビールと、安くなった鯖寿司を買って家に帰った。
たぶん今日は泣かないし、きちんと自分の足で立って歩けるだろう。
今日は疲れた、ゆっくり寝よう。
誰にでもあるであろう、気がつけば足が向く場所。
わたしの場合は、いつものスーパーマーケットだったのだ。

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