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Vol.175 効果ある?ない?「ケモブレイン」へのアルツハイマー治療薬投与

*2024年5月31日発行のメルマガから転載

関東地方は、5月末にして、早くも梅雨入りしたのではないかという空模様です。前号に書いたように、夏に向けての季節の進み方がまさに半月くらい早まっている感じですね。

先日、何年ぶりかで手持ちの長傘を買い替えました。

気に入った傘を持っていると、それだけで雨降りの日でも気分がアガるものです。

もっとも、置きわすれてしまうリスクはあるので、あまりにも高価な傘は買いにくいですが…

今号では、精神神経分野とがん治療分野が交錯する話題を、2つ取り上げます。

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【記事1】 効果ある?ない?「ケモブレイン」へのアルツハイマー治療薬投与

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「ケモブレイン」という言葉、化学療法を経験されたことのある患者さんはご存知の方も多いかもしれません。

日本医事新報社の「Web医事新報」では下記のように定義されています。

>>

化学療法が原因で生じる認知障害がありうると言われており,通称「ケモブレイン」と呼ばれている。発生頻度は17~70%とされ,記憶力・集中力・作業能力の低下が主な症状である。発生機序として,薬剤による神経新生や神経伝達物質の障害,脳血流や脳脊髄液の変化,海馬の機能低下が示唆されており,間接的に炎症やアポトーシス,酸化ストレスも関与していると言われている。

>>

発生の原因や仕組み(発生機序)がまだよくわかっていないため、有効な治療法も確立されていませんが、患者さんにとってはQOLを長期間低下させ得る厄介な副作用です。

そのような中、アルツハイマー治療薬がケモブレインに有効なのではないかという仮説に基づき、治験が実施されました。

 ■"Phase III Randomized, Placebo-Controlled Clinical Trial of Donepezil for Treatment of Cognitive Impairment in Breast Cancer Survivors After Adjuvant Chemotherapy (WF-97116)”「術後化学療法後の乳がんサバイバーの認知障害治療に対するドネペジルの第III相無作為化プラセボ対照臨床試験 (WF-97116)」(Journal of Clinical Oncology)

術後化学療法後、1-5年内に認知機能障害を訴えた乳がん患者さんの記憶改善に、認知改善機能を有するドネペジル(製品名アリセプト)が有効かどうかを見た試験です。

ドネペジル(アリセプト)は、一世を風靡したアルツハイマー治療薬なので、名前を見て「ああ、あれか」と思われ方も多いことでしょう。

認知機能障害を訴えた乳がん患者さんを、18週間のドネペジル投与群140名とプラセボ投与群136名にランダムに割り振り、「HVLT-R」と呼ばれる認知機能スコアを用いて効果を検証したところ…

・ドネペジル群:25.98 vs. プラセボ群:26.50

と、両群の間で統計的な有意差は見られませんでした。

また、ホルモン治療や閉経の状況による違いも見られませんでした。

ということで、大変残念ながら、この試験は失敗ということになります。

それでも、この臨床試験は「ナイストライ」で、関係者の方には敬意を表したいです。

効かないことがわかるのも、科学の進歩なのですから。

今後、ドネペジル以外のアルツハイマー治療薬や、さらには他疾患の治療薬についても、検証の意義がありそうなものが割り出され、研究が進展していくことを期待します。

※本稿執筆時点(2024年5月31日)で、筆者はドネペジルに関して、利益相反はありません。

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【記事2】治療前の感情的ストレスが及ぼす、免疫チェックポイント阻害剤の効果への影響

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「病は気から」という言葉がありますが、「そんなエビデンスが出てくるのか~」という研究結果が、中国から出てきました。

 ■"Association between pretreatment emotional distress and immune checkpoint inhibitor response in non-small-cell lung cancer”「非小細胞肺がんにおける、治療前の感情的ストレスと免疫チェックポイント阻害剤の効果との関連」(nature medicine)

感情的ストレス(ED)は、一般的にうつ病や不安症状が特徴で、がん患者さんは一般の人以上に発症しがちです。

動物レベルの研究では、感情的ストレスががんに対する免疫反応を損なう可能性が示唆されていますが、免疫チェックポイント阻害剤への反応との関係を調査した臨床研究はほとんどありません。

本研究では、進行非小細胞肺がんの患者さんの内、免疫チェックポイント阻害剤での治療開始前にうつ病や不安症状を呈していた群(本稿では「ストレスあり群」とします)111名と、呈していなかった群(同「ストレスなし群」)116名をフォローアップし、効果の出方を比較しています。

結果は以下となりました。

・PFS(無増悪生存期間:治療開始してから次に増悪するまでの期間、と考えてください)

 ストレスあり群:7.9ヶ月 vs ストレスなし群:15.5ヶ月

・ORR(奏効率:投与した人の中で薬の効果が出た人の割合、と考えてください)

 ストレスあり群:46.8% vs ストレスなし群:62.1%

ということで、いずれも有意差がついた形で、「ストレスあり群」の方が効果の出方が悪いという結果となりました。

本試験だけで断定的なことはまだ言えませんが、この「感情的ストレスが免疫チェックポイント阻害剤の治療効果に負の影響を及ぼす」という結果は、直感的には妥当と思います。

一方で、患者さんにとっては、治療開始前に感情的ストレスを抱えることを避けろと言われても、なかなか難しいでしょう。

感情的ストレスを抱えていても、抗がん剤での治療前や治療中に、精神面での適切な治療やケアにより効果の改善が得られるか、というところまで、今後の研究が踏み込まれることを期待します。

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