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飛行機の本#4人間の土地(サン・テグジュペリ)

宮崎駿さんの表紙絵と帯が素敵だ。「精神の風が粘土の上を吹いてこそ、はじめて人間は創られる」…読むべし、この言葉

この言葉、難しすぎないか。宮崎駿さんが投げかけた問いに応えるには、やはりこの本はじっくりと読み込まねばならない。そして、堀口大学訳なのだ。サン・テグジュペリは小説家であり詩人、哲学者である。そして、その比喩の多い言い回しを堀口大学というこれまた大詩人が訳していて、何度も読み直さないと前に進めないのだ。読者の力量を試されている。

読者が育てられる本がある。この本もまさしく読者は育てられることになる。「星の王子さま」が好きになったら、この本に挑戦すべきである。合わせて読むことで「星の王子さま」が、何倍もまた好きになるだろう。「星の王子さま」のエピソードは、「人間の土地」のエピソードと呼応しているのだ。

「人間の土地」は、「定期航空」「僚友」「飛行機」「飛行機と地球」「オアシス」「砂漠で」「砂漠のまん中で」「人間」という8つのエピソードで語られている。飛行機を操縦すること自体がまだまだ危険な時代に航空路を開拓するパイロットとして活躍したサン・テグジュペリの15年間のエピソードで構成されている。遭難した友ギヨメを助けに行くエピソードや自身が砂漠の中に不時着して生還するまでのエピソードなど冒険物語のような展開が語られているにも関わらず、読者は冷静な視点でそのことの意味を伝えようとするサン・テグジュペリの語りに立ち向かわなければならない。精神の風を感じて欲しい。

サン・テグジュペリは何度も不時着を経験しているようだが、フランスのパリからベトナムのサイゴンへ向かう飛行レースに参加しリビア砂漠で砂丘に激突するという事故を起こしている。同乗していた整備士とともにわずかに残った水を持って砂漠の中を3日間歩き続けてベドウィンのキャラバンと出会う。奇跡的な生還であった。この経験が「砂漠のまん中で」のもとになっている。見つけられる確率、水の無い状態で砂漠を徒歩して目的地までたどり着く確率、生還できる確率を歩きながら考えたに違いない。サン・テグジュペリは数学の問題を友人に問うのが趣味で技術的な特許をいくつもとっていたという。奇跡的な確率で彼らは生還した。

この時操縦していた飛行機は、「FーANRY」と名付けられたコードロン・シムーンである。壊れている飛行機の写真が「『星の王さま』の誕生」の中に掲載されている。映画の著作権などで得た収入に手にした自家用機である。維持するだけでも飛行機は多額の経費がかかるが、サン・テグジュペリは定職を全うする人生を歩んでいない。しかも、かなり無頓着に貴族的な生活を送っていた。飛行レースの賞金15万フランが目当てだったようだ。

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コード・シムローンは、ルノーが開発した180馬力の軽飛行機で、可変ピッチプロペラや車輪にかかるブレーキ装置、初期のナビゲータがついていた。第一次世界大戦から第二次世界大戦までの間、フランスは航空機開発で世界のトップをとっていた。

宮崎駿さんの表紙絵はブレゲー14型機である。エンジン音と風切り音が聞こえてくるような素敵なイラストである。「夜間飛行」のイラストもいいが、やはり夜の闇の中を飛ぶ不安が強く暗示されていて、人の住んでいる家を眼下に見て飛んでいるこちらのイラストの方が好きだ。

宮崎駿さんの「空のいけにえ」というエッセイが巻末にある。飛行機は、軍用機となることで劇的に発達した。戦争は若者が前線に立つ。そして、とほうもない自由を味わわせてくれるはずの飛行機が人を殺す機械として若者に与えられる。飛行機が大好きで大好きでたまらない宮崎駿さんは、多くの死者を出す戦争が大嫌いで大嫌いでたまらない。その矛盾をかかえながら生きてきた。「飛行機の歴史は凶暴そのものである。それなのに、僕は飛行士達の話が好きだ。その理由を弁解がましく書くのはやめる。僕の中に凶暴なものがあるからだろう。日常だけでは窒息してしまう」と宮崎駿さんは書いている。

私は小さい頃から乗り物が好きだった。記憶のあやふやな乳児の頃、母に背負われて、その頃まだ走っていた蒸気機関車を橋の上からながめるのが好きだった(と聞かされた)。自動車整備工の父はオイルのにおいが染み付いていて、その匂いも大好きだった。海軍航空隊で少年兵として整備にあたっていた父からその当時の話を聞くのも好きだった。当然、手にする本は乗り物が出てくる本に偏ってしまう。戦記なども小さい頃から読みまくっていた。そして、芽生えていったのが戦争の悲惨さへの痛烈な思いだった。高校3年生の時、私は大学に行くか航空自衛隊に行くかを真剣に悩んだ。理系が得意だった私は、文学部文学科に進んだ。私も空のいけにえになった1人である。

「人間の土地」
サン・テグジュペリ著
堀口大學訳
新潮社 昭和30年初版 平成24年改版

「『星の王さま』の誕生」
ナタリー・デ・ヴァリエール
山崎庸一郎監修 南條郁子訳
創元社 2000年




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