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飛行機の本#7猫の帰還 Blitzcat(ロバート・ウェストール)

この本に出会えてよかった。黒猫は幸せを呼ぶ。読むと幸せな気持ちになる。

ロバート・ウェストールは「ブラッカムの爆撃機」で大好きになった作家。戦争児童文学をたくさん書いている。この「猫の帰還」もその路線の一つではあるが、猫の視線でその時代の背景や人物が描かれている。

この作品の背景となった時代を知ることでこの本の趣きは深くなる。いや、ロバート・ウェンストールはこの時代を伝えたかったのかも知れない。

第二次世界大戦が始まって間もなく、ダンケルクの戦いでイギリスは本土に撤退し、ドイツは勢いにのってイギリス本土上陸作戦の前哨戦として空軍による爆撃を重ねている頃(バトル・オブ・ブリテン)から話ははじまる。時代の閉塞感、先行きの見えない大戦争への恐れや不安、粘り強く戦って入るがジリ貧のイギリス空軍、チャーチルの演説による鼓舞。あと1週間ドイツ軍が攻撃を続けていればイギリスは負けていた(なぜか、ドイツ軍は方針転換をしてしまう。歴史上のifの場面)。絶望的な状況を不屈の精神でかろうじて持ち堪えていた。そんな時代の人々の生活が猫の目を通して語られる。

主人公は黒猫のロード・ゴート(もともとは大陸派遣軍司令官の名前)。メス猫で少々気位が高いが、生命力にあふれタフさがある「へこたれない」猫だ。ロード・ゴートは、離れた土地に連れてこられたがそこが気に食わず帰巣本能にまかせて、飼い主の家に戻ろうとする。しかし、それが途方もなく遠いところだったのだ。さまざまな人たちと出会いながら飼い主のところに戻るというお話。飼い主はイギリス空軍のパイロットだ。

そうか、猫ってこういう風に考え、行動するんだと思った。そういえば、夏目漱石の「我輩は猫である」も猫の視線で人間を描写していたな・・・。

「ロード・ゴートはいつだって、自分のやりたいとおりにやってきた。ロード・ゴートは、どなり声や喧嘩が嫌いだった。何かというと泣いたり、かんしゃくを起こしたりする女と子どもばかりの、べミンスターの慣れない家が気に入らなかった。すっぱくなったミルクや、おむつのにおいもいやだった。どこの部屋にも子どもがいて、しずかにしていられる場所さえない。外に出れば出たで、よそ者を寄せつけない群れのにおいがする。どこに行っても、なわばりを守ろうとかかってくる猫ども」ということで飼い主(パイロット)のところにもどろうと旅に出るのだ。この描写だけでもこの猫が好きになる。

猫にとって、戦争はまったく関係のない人間の世界のできごと。しかし、出会う人たちは、まさに戦争を背景とした時代に生きている。猫の目を通してそのような人たちの心情や生活が語られる。声高に戦争反対を唱えなるのではなく、戦争を起こす人間の愚かさが静かなテーマとして流れている。ロバート・ウェストールの他の作品にも共通するスタンスだ。

猫が出会ういくつかのエピソードで物語は展開するが、馬車屋のオリーが活躍する話は特に気に入った。戦争中で苦しいときに、こんな人物がいて、実際にこんな風に人々を助けたんだろうなと思う。実際のエピソードを下敷きにしていると作者も書いている。

猫好きも、飛行機好きも、歴史好きも、冒険小説好きもきっと満足する名作である。閉塞感の漂う今の時代、猫の目にはどのように写っているのだろうか。

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ブリストル・ブレニム
ドイツ風にいうと「ブレンハイム」。イギリス空軍の双発爆撃機。もともとは旅客機として開発された。開発された時、追いつける戦闘機はいなかった高速機だったので爆撃機に転用された。第二次世界大戦時に、すでに高速の優位性はなくなっていたが、運動性の良さから夜間戦闘機や哨戒機としても活躍した。ただし、軍用機として開発されたのではなかったため防御や武装は弱かった。本文中でも「ブレニムなんて機種は飛んで火にいるなんとか・・・」と揶揄されている。


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ボールトンポール・ デファイアント
第二次世界大戦に備えて開発された単発レシプロ複座戦闘機。用兵側のいろいろなアイデアが押し込まれ失敗作の戦闘機。戦闘機は高速が最優先されなければならないのに回転式の重武装兵器を乗せたため、重い、遅い、運動性が悪いと使い物にならないことになった。とくに戦闘中で機敏に動かなければならない時に、回転式銃座が動けばバランスを崩してしまうことなる。パイロットからは「うすのろ」と呼ばれることになった。本文中では「ずんぐりした胴、まるっこい翼」と書かれている。


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ユンカースJu87(Junkers Ju 87 Stuka )
第二次世界大戦中のドイツ空軍急降下爆撃機。大戦初期にはその爆撃精度と頑丈さで大活躍をする。サイレンを鳴らしながら急降下をすることで、恐怖心を相手にあたえた。大戦初期の活躍のため、ドイツ空軍は大型爆撃機は無用と判断し戦略爆撃機の開発を遅らせることになる。また、低速、鈍重なため大戦後期には連合軍機の餌食になった。この物語は大戦初期を背景とするので、本文中に「スチューカにかなうものはいない」と書かれている。

そのほかにも、スピットファイア、ハリケーン(ろくでもないやつ)、メッサーシュミット109、ドルニエ(空飛ぶ鉛筆)、ハインケル(ずんぐり)、ソードフィッシュ、ヴィッカーズ・ウェリントン(ウィンピーはでかくてすばやい)、タイガー・モスが本文に出てくる。

※ ウィンピーについては、「ブラッカムの爆撃機」を参照。
https://note.com/ishimasa/n/nea7fdcd91d62

※ バトル・オブ・ブリテンについてもう少し詳しく知りたければ
○「バトル・オブ・ブリテン イギリスを守った空の決戦」
 リチャード・ハウ&デニス・リチャーズ
 河合 裕 訳
 新潮文庫  平成6年
○「英独航空戦 バトル・オブ・ブリテンの全貌」
 飯山 幸伸
 光人社NF文庫 2003年


「猫の帰還 Blitzcat」
ロバート・ウェンストール 作
坂崎麻子訳
徳間書店 1998





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