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飛行機の本#2夜間飛行(サン・テグジュペリ)

「夜間飛行」(サン・テグジュペリ)は、手元に3冊ある。新潮文庫版は、堀口大学訳本で初版は昭和31年(1956)。ぼろぼろになっていたが、平成になって改版し、宮崎駿さんの描いたカバーがついたので買い直した。もう一冊はみすず書房版で平成14年(2000)初版の山崎庸一郎訳本である。原著は1931年にフランスで出版されフェミナ賞をとり、翌年にはアメリカやイギリスで刊行され、その後各国で訳され世界的に売られることになった。サン・テグジュペリは第二次世界大戦にパイロットとして従軍しドイツ機に撃墜されたが、後年、撃墜したドイツ軍パイロットが自分が撃墜した飛行機のパイロットがサン・テグジュペリと知って愕然としたという逸話がある。彼もこの本を読んでいてファンだったのだ。

今回、堀口大学訳で読んだ後、山崎庸一郎訳でもう一度パラパラと追って見た。堀口訳は、どうも難解である。訳すというよりもそれ自体を文学作品として昇華させようとしている。だから何度も読み直す。読み直してもわからない。文脈を継いでいけないのだ。その点、山崎庸一郎訳の方が前後のいきさつを理解できる。・・・ような気がする。それでも難解である。当初は長編として書かれていたが、最終的には削りに削って中編となったという。

ストーリーは、パタゴニアからブエノス・アイレスに向かう郵便機が嵐の中を夜間飛行をする数時間でのパイロット、無線士、会社の上司、同僚たちの人間模様である。燃料が尽きようとする中、無線も通じなくなり、緊迫した中でそれぞれの内心が会話文として語られる。結末はわからない・・・、燃料が尽きている時間が示される。会社の上司リヴィエールは、夜間飛行そのものへの葛藤の中で次の連絡便をヨーロッパに出発させる。最後の文は「偉大なるリヴィエール、自らの重い勝利を背負って立つ勝利者リヴィエール。」で終わっている。

書き出しからのパタゴニア上空の描写は美しい。冒頭部分をそれぞれの訳で読み比べてみる。

「機体の下に見える小山の群れが、早くも暮れ方の金いろの光の中に、陰影の航跡を深めつつあった。平野が輝かしくなってきた。しかもいつまでも衰えない輝きだ。この国にあっては、冬が過ぎてから、雪がいつまでも平野に消え残ると同じく、平野に夕暮の金いろがいつまでも消え残るならわしだ。」(堀口大学訳)

「機体のしたに連なる丘陵が、夕暮の金色の光のなかで、ようやくその陰影を深めつつあった。平野は輝きはじめていた。しかも衰えを知らぬ輝きによって。この地方では、平野はいつまでも金色の光を残す。冬がすぎ去ったあと、いつまでも雪を残すのとおなじように。」(山崎庸一郎訳)

高校生の頃、初めて読んだ時にはパタゴニアという言葉に何の意味も持たなかった。しかし歳をとって読み直す時、ブルース・チャトウィン の「パタゴニア」を読んだことや「パタゴニア」というブランドも知ったことで、パタゴニアという言葉自体で風景が広がる。歳をとって読み直しができるということは、なんとぜいたくなひと時なのだろう。

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パタゴニア(Patagonia )は、南アメリカ大陸の南緯40度付近の氷河が広がる大地で、アルゼンチンとチリの両国にまたがっている。年間を通して低温、風が強く、風速60m/sを超えることも珍しくない。嵐の大地とも呼ばれている。自然の絶景がひろがり美しい地形で知られている

サン・テグジュペリは実際にアルゼンチンで郵便機の夜間飛行の開拓に携わった。その経験をもとにこの「夜間飛行」を出版し、世界的名声を得ることになった。クラーク・ゲーブルが主人公役で映画化もされた。さらに1933年、本に触発され「夜間飛行」という香水がジャック・ゲランによって作られた。この香水「夜間飛行」によってゲランは「香水の父」と呼ばれるようになり、現在も香水「夜間飛行」は香水の最高峰と言われている。香水の瓶は四角いガラスに円が描かれそこからプロペラのように放射状に線が広がっているデザインになっている。

このとき飛行ルートを開拓していた会社は内紛で解散したが、そのため「夜間飛行」が書かれた後、サン・テグジュペリは昔の同僚から敵意をもたれていることを感じ苦悩する。また、文壇からも距離を起き、孤独に自分の人生を生きていた。サン・テグジュペリに関する研究者は多く、「孤独な放浪者」という彼の生き様が明らかになっている。今回読んだみすず書房出版本を訳した山崎庸一郎氏も「『星の王子さま』のひと」という評伝を書いている。

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堀口大学氏は新潟県に縁のある方で、戦後上越市高田に疎開していた。わたしが個人的によく使わせてもらっている武蔵野酒造さんの別邸「楽酔亭」で坂口謹一郎博士や高田の文化人たちとお酒を飲んでいたということで、勝手に身近に感じている。

「夜間飛行」に登場する飛行機はなんなだろうか。堀口訳本は宮崎駿さんのイラストでブレゲー14だと思われる機体が描かれている。山崎庸一郎訳本もブレゲー14型と思われる写真である。しかし、蟹亭奇譚氏がブログで「『夜間飛行』に登場する飛行機」として記事を書いていて、エンジンの性能、巡航速度といった記述からポテーズ25ではないかと推論している。

ポテーズ25は、1920年代に設計されたフランスの単発複座複葉機。多目的で使用されるように設計され、戦闘、護衛、戦術爆撃、偵察などをこなした。第一次世界大戦後はフランス、ポーランド、ソビエト連邦、アメリカ合衆国などを含む20ヶ国以上の空軍で使われた。また郵便機としても活躍した。エンジンはいくつかのバリエーションがあり、だいたい500馬力相当のものを積んでいる。ブレゲー14は300馬力くらいであり、本文にある「発動機の五百馬力が金属の中にいともおだやかな流れを生んで、その冷たさを天鵞絨(びろうど)の肉に変えた」(堀口大学訳)がその根拠である。

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「夜間飛行」
サン・テグジュペリ著
堀口大学訳
新潮社 平成5年改版

「夜間飛行」
サン・テグジュペリ著
山崎庸一郎訳
みすず書房 2000年

「パタゴニア」
ブルース・チャトウィン
芹沢真理子訳
めるくまーる 1998年

「『星の王子さま』のひと」
山崎庸一郎著
新潮文庫 平成12年

「『星の王子さま』の誕生」
ナタリー・デ・ヴァリエール
山崎庸一郎監修 南條郁子訳
創元社 2000年

「『夜間飛行』に登場する飛行機」
蟹亭奇譚




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