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【恋する異世界】わかりました わたくし側妃として王子様を愛し続けます

 アルトゥール王子は傍らにマンソンジュ・ブリュイヤン男爵令嬢を従えて、宣言した。

 「サージュ。俺は今、ここに――貴女との婚約破棄を告げる」

 しんと静かだった宮殿の玉座の間にざわめきが広がります。

 今しがた、アルトゥールの立太子の儀が厳かに終わったところです。参加者の貴族たちはすこし緊張を緩めていた中の出来事でした。
参列している僧侶や護衛の騎士たちが立ち並ぶ中、壇上に立つ王子の心無い宣言が婚約者のわたくしの耳に響きます。

 名を呼ばれると、わたくしは王子の前に進み出て跪きました。
 実は先日、今壇上にいる男爵令嬢の訪問を受けていたわたくし。
 準備万端整えて、今日の断罪を心待ちにしておりました。

 さあ、すべての真実を明るみに出しちゃいます。
そして、みんなを幸せに導くのがアルトゥール王子の婚約者たる、わたくしサージュ・ドートリッシュの使命です。

 頑張ります!

 さて、壇上に目を向けると、

「そして、このマンソンジュ嬢と共にこの国を率いるものとする」
 アルトゥール王子は続けた。
「ついては、サージュ。そなた国を支える伯爵家の者の務めとして、おまえの持つ聖女の力をマンソンジュ嬢に渡すのだ」
「そして側妃として我に使えるがよい」

 言ってくれますね。愛しの王子、アル様。
 正妃ではなく、側妃とすると宣言するなど、王子といえども人の心を顧みない暴言だと周囲の貴族たちはざわめき始めました。
 わたくしはというと、改めて心の中で唱えます。
 受け取れるもんなら、聖女の力なんていくらでも渡してさしあげましょう。
 勝手きわまりない発言もしっかり正してさしあげます。
 準備してきた三つの問いかけを心の中で反芻し確認します。
 しっかりと最後まで導きましょう。
 そして――みんなが幸せになるのです。

 アル様の言葉を聞いて、わたしは一歩前に出ました。
 固唾をのんで見守る周囲からの視線が痛いほど感じます。

「賢明なる王子様。王妃となる方との間には、一点の隠し事もなく、真正な事実を元に婚姻を結ばれるのが最上かと存じます」
 そう言ってあらかじめ神殿から呼び寄せておいた神官たちに合図を送ります。
「つきましては三つの問いかけをお許しいただきたく願います」

 かねてからの手筈どおり、神殿の宝具が目の前に置かれました。
 この宝具の名は、”真実の鼎”と呼ばれています。
 その上に手を置いて話した事柄の真偽を、その輝きで人に教えることができるのです。

 すなわち、手を触れている者が語る内容が真実であれば光り輝き、周囲に広く知らせるという宝具なのです。
 国家を揺るがすような大罪の審理には必ず用いられ、光で示す心の真偽は間違いない真実として人々にうけいれられるのです。

「まず、わたくしに私心なき事をご覧くださいまし」
手を宝具にのせて、その輝きで他意ない事をアル様や周囲に知らせます。
「マンソンジュ様に聖なる力をお渡しするのに異存はございません」
受け取れるのなら、と心の中だけでつぶやきます。

 それでは、真実を知らしめるといたしましょう。

「さて、真正なる事実を導くにあたって、マンソンジュ様もご協力いただけますでしょうか?」
 うなづいて前に出たマンソンジュ嬢は手を宝具にのせてこちらを見ています。

(さぁ、いくぞ!)
 心に気合を満タンにして胸を張ります。
 最初の問いかけを口にしました。

「さて、恐れながら、王子様におかれましては、マンソンジュ様の御年齢はご存じでしょうか?」
 マンソンジュ嬢はみるみる顔色が悪くなってきました。
 わたくしは手を宝具にのせたまま、言葉を続けます。

「たしか王子様より20才ほど年上かとお聞きしております」 
 壇上のアル様を見つめながら申し上げました。

 アル様は一瞬目が泳ぎましたが、口を開き、大きく深呼吸をして、マンソンジュ嬢を見ました。

「干支はおんなじですから、24歳年上ですわ」
 宝具の輝きを頬に受けながら、マンソンジュ嬢はしれっと笑顔で答えました。

「些細なこと。愛があるから、年齢などは問題としないのだ」
 アル様、立ち直って、答えました。
 周囲からはざわめきの声が聞こえてきます。

 アル様、本当は知らなかったんでしょう。
 いきなりこんな話を聞かされたというのに、しっかり男気を周囲に見せてくれます。
 さすがわたくしの好きになったアル様です。

 でも、まだまだこれからです!
 二つ目の問いかけを続けます。

「さて、恐れながら、王子様におかれましては、マンソンジュ様のお子様はご存じでしょうか?」
 マンソンジュ嬢はぎゅっと目をつぶってうつむきました。

 手を神具にのせたまま、言葉を続けます。
「たしかおひとり、王子様と同年代の方がおいでかと」

 宝具はしっかりと輝いて、わたくしの言葉の正しさを周囲に知らしめました。
 取り囲む貴族や僧侶、玉座の間の中で見ている皆は、大きくどよめきます。

しかし、アル様、動じません。
「お、おう。彼女の子ならわが子も同然。王宮へ呼び寄せて一緒に暮らすもよし、どこかへ封じて領主とするのもよいだろう」

 周囲、大きくうなづくのはおっさん達。
 なにか心当たりでもあるのでしょうね。
 そしてアル様、結構、中年男性からの好感度あげましたね。
 度量の広さを見せるアル様、漢見せてます。

 そんなアル様の御言葉を聞いて、わたくし、ますます惚れてしまいます。
ずっと昔から好きです、この姿を見て、ますます好きが増え続けてます。
わたくし、アル様の婚約者でよかった。

 絶対ぜったい、他人にはアル様を渡さないのです。

 婚約直後、父であるドートリッシュ伯爵が失踪してしまいました。
 それでも、婚約を取り消さなかったアル様。
 周囲の言葉をものともせず、「一度決めた事は、揺るぎなく実行する」というアル様。
 そんなアル様に一途に惚れまくって今に至ったわたくしでございます。
 アル様はわたくしの命なのです。

「その子はいずこにいるのだ」
 このあと必ず、お引き合わせできると言いはぐらかして、最後の問いかけを進めます。

「それでは最後の問いかけです」
 一息ついて、しっかりと声を張ります。
「恐れながら、王子様におかれましては、マンソンジュ様と結婚するとおっしゃっておられますが」

 立ち上がって、そして走りだそうとするマンソンジュ嬢をしがみついて止めました。
 そして手を神具にのせなおして、最後の問いかけを申し上げました。

「彼女は実は……男性だとご存じでしょうか」 
 宝具は、しっかりと光り輝き、真実である事を部屋中へ伝えます。
 玉座の間は、水を打ったように静まり返りました。

 アル様は、かっと目を見開いて言い放ちました。
「性別など関係ない。心から共に添い遂げたいと願っているのだ」

 周囲は、ハチの巣をつついたような大騒ぎになりました。 
「王子様、お世継ぎはどうなさるのです」
「聖女の御業はどうなさるのです」

 だれともなく叫んでいます。
 広間は怒号の飛び交う大混乱になりました。

「申し上げます」

 わたくしは立ちあがってマンソンジュ嬢に抱きついてこう言いました。

「王子様に申し上げます。マンソンジュ様とご成婚の暁には、わたくしめを側妃としてお召しくださいまし。」

 わたくしの声を聴いて静まり返る玉座の間。
 いったい何を考えているんだとざわめきが広がります。

 あっけにとられた王子は、ふと思い出したように、先ほどの疑問を口にしました。
「それにしても、マンソンジュ嬢の子はいずこに?」

「それ、私なんです」 
 光り輝く宝具は、わたくしの笑顔を明るく照らしました。

◇ーーー◇

 昨夜、「性別を偽っている」とマンソンジュ嬢はその悩みと身を引く思いを私に打ち明けにきました。
 そうです。気が付いたんです。こいつ生き別れの父でした。
 死んだとばかり思ってた父が生きててそばに来てくれるなんて。
 娘の事を忘れていたのはすこしいただけませんが、性別が若干ぶれてるなんて、些細な事です。

 その昔、私の婚約者となった王子を見て父は道ならぬ恋に落ちたのです。
 父は魔道を尽くしてその身を女性になぞらえる秘術を習得しました。
 そして、王子の心を射止めたのです。
 しかし、将来のない恋に王子の未来を案じて身を引こうとして、婚約者の私に……。

 ま、儀式関係の正式な妃殿下の役は父にお願いして、わたしは側妃として、ラブラブと子育てに専念しようかと思ってます。
 お父様もご本望でしょう。そして私は間違いなく次王の母になれそうです。
 これだけ弱みを握っておけば、結婚生活、イージーモードでしょう。

 わたくしは、いつまでも王子様と幸せに暮らします。


お読みいただいてありがとうございます。ゆるーい異世界のお話を【恋する異世界】として、毎週月曜日に更新しています。

それぞれ短いお話です。どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。



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