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【小説:恋する異世界】王子様のブタ野郎

私みたいに美しい聖女と婚約したから。
きっと恋のライバルである西の魔女に呪われたのでしょう。

婚約者の私と午後のお茶を楽しんでいる時、それはおきたのです。
目の前で王子様はまがまがしい黒い霧におおわれ、みるみる小さくなってしまいました。
なんということでしょう。
凝縮された暗い影が消えると、そこにはブタに変わり果てた王子様の姿がございました。
よつん這いで、何かしらにおいを探しています。

「ブヒッ 、ブヒッ  」足元にうごめくぶた。

わたくし、感情を抑えきれず叫んでしまったのです。
「なんと……なんとかわいいのでしょう」
そこにはピンク色の小さなブタに姿を変えた王子様がいました。

*ーーー*

明後日の立太子礼を真近にひかえて、王子様がいなくなった王宮は大騒ぎになりました。しかしこの変わり果てた王子様を皆様にお見せする訳にはまいりません。婚約者たる私は、変わり果てた王子様のお姿を皆の目から隠すべく、かねてより与えられた部屋にかくまってさしあげました。

「ブヒーハラヘッタ」「はい。王子様、あ~んしてくださいませ」

王子様の為に、ピンクの椅子も、ピンクのベットも準備いたしました。だれかがうっかり踏まないように置いた檻は、ピンクのリボンで飾り立ててあります。あと、まだお召していないのですか、ピンクの蝶ネクタイやベスト、はてはタキシードもシルクハットも。
何をお召になってもきっとお可愛いに違いない。わっくわっくの気分で、王子様を抱き上げました。

かつては、王国で一番の美丈夫として、歌にまでも謡われた王子様。ちいさなブタの姿になっても、その魅力は光のごとく満ち溢れ、眩しくて見ていられないほどです。

そして今の御姿は「かわいい!」の一言でございます。
だってだって、ピンク色なんです。
ちょこっとお鼻をふるふるしながら歩くのです。
後ろ姿は、ぷりっとしたお尻にちっちゃいシッポがついています。
とことこ歩くと、シッポもふりふり。
そんな王子様を見ていると、とぉーーっても癒されます。

おやおや、ずっと遊んでいたからか、お眠むですね。
わたくし、仰向けになってだっこして寝かしつけます。
うとうと眠り始めたブタの王子様はとってもお可愛くって。
王子様が人であった頃とはまったく別の愛が沸き上がってまいります。

とっても小さくて、とってもかわいい、ピンク色の子豚。
ほっぺをプニプニしながら、話しかけます。
「王子様、いっそこのままというのはいかがでしょう」
「わたくしの愛は王子様の姿かたちが変わろうとも失われる事はありませんよ」
ピンクの子豚を胸の上にのせてあやすように言って聞かせるのです。
王子様はわたくしの胸の谷間に鼻を押し付けて思案しています。

おや、動きを止めました。考えてるみたい。
そして不器用なしゃべり方でおっしゃいました。
「モドリタイ」

王子様のお心に沿うのがわたくしの喜びです。
なんとかもとへ戻る方法を探しましょう。
ちょっと残念ですけど。

*---------------------*

一夜明けても、王子様はピンク色の小さなブタの姿でございます。

ブタになった王子の為にそろえたピンクのシーツにくるまって、ピンクの枕で眠っています。
そうそう、ピンク色のブランコも作ってもらいました。
運動不足にならないよう、サンドバッグもピンク。
あと彩にパステルカラーの風船を敷き詰めてありますから、ころんでも大丈夫。

寝台に仰向けに寝転んで、胸の谷間にブタの王子をだっこしてあやします。わたくしとしては、ずっとこのままでいのですけど。
元の人間に戻りたいと言う王子。
しかし、どうやって呪いを解いたものやら。

北の魔導士を呼んでアドバイスをもらいましょう。

*---------------------*

「お呼びでございますか、聖女様」
「王子様が行方不明なもので、こちらもなかなか忙しいのですが」

魔導士は目を移して物騒な事を言うのです。
「おや。うまそうな子ブタですな」
初めて見たピンクの小さなブタを見てその感想ですか?
「魔獣の召喚のいけにえですか?」
「それとも丸焼きに?もうすこし大きく育ててからのの方がと無駄がなくってよいと思いますが」

「いえ、違うのです」
「え?このブタでなにか召喚するので、お呼びになったのでは?」
「いや、ちょっと違うのです。召喚するのではないのです」
「召喚はなし……とすると、丸焼きとか?」

ちょっと丸焼きから離れてほしい。
「そうですか、それは残念ですな」
ほんとに名残惜しそうにピンク色の小さなブタから目を離して、魔導士はこちらを向いた。

このブタの正体が、王子様なのだと明かしたら、魔導士はうなずいた。
「おやおや、言われてみれば、目つきの悪いところ、王子にそっくりですな」
小さなブタを抱き上げて、真顔で言った。
「どうせ大して仕事もしてないし、このままでも差支えないのでは?」

王子様って人気ないのねと思いながら、なんとかいい知恵を引き出したいわたくしは魔導士にお願いしてみた。
「ん-ーー。でも一応中身は王子なので、この先王宮に暮らすとしたら小さなブタの姿で歩いているとなにかと物議をかもしそうでしょう。立太子の式までに、人間に戻しとく方がいいかなって思って」
わたくしはこのままでもいいんですよと心の中で付け加える。

「そうですね。いけにえにするか、丸焼きにするか、争いが起きてはたいへんですね。」
ちょっと丸焼きから離れてほしい。

わたくしはさらに言葉を重ねた。
「呪いを解いて元に戻すのによい方法はないかしら?」
王子様もわたくしに合わせて
「ブヒー」と声を上げる。

「こころなしか笑顔にみえますな、このブタ野郎」
一応これでも王子様なんだけど。野郎ってつけちゃダメでしょ。

魔導士は魔法陣を書いて真ん中にピンクの子豚を置いた。
……呪文を大げさに唱えて見せる
……彩よい香草や香料、塩胡椒を振りかけて見せる

何の変化もなかった。
「このままグリルに入れれば、この子豚に大きな変化が」
ちょっと丸焼きから離れてほしい。って、狙ってたでしょ。なんで胡椒を振りまいてるのか、見てたらわかりますよ。

魔導士はちょっと残念そうにピンクの子豚を置いた。
「なら、東の森におられる、泉の女神にお願いしてみては?」

うーーん、大丈夫かしら?
東の女神って、泉の女神でしょ。何かを泉に入れると、すぐに金銀セットで倍返ししてどや顔してるけど、呪いとかって彼女に解けるのかしら?。
ピンク色の小さなブタと化した王子様を見て思う。
このブタを泉に落として、「金のブタ銀のブタ」って、なんかレストランでも始まりそうな雰囲気だわ。

「ブヒブヒ」
王子様は何か言いたそう。
そして魔導士はというと、すこし前向きに提案してきた。
「聖女様、西の魔女に対抗するには、東の女神というのが、常道かと」
「精霊の力を借りることのできる女神なら、きっと呪いもなんとかなります」
「わたくしも同道して、うまく言ってみますから、森の泉へ参りましょう」

そうね、不思議の力を持つものでなくてはこの呪いは解けないという魔導士の意見は正しいかもしれません。

この国には4人の術者がいて、技を競い合ってるのです。
西の魔女、東の女神、北の魔導士、わたくし南の聖女。
きっと西の魔女は、王子様の愛を一身に受けるわたくしの心変わりを狙って、呪いの力でブタの姿に変えたのでしょう。
彼女の誤算は、王子様がこの姿になっても、わたくしの愛は決して変わることがなかった事。

いえ、人間の王子よりピンク色の小さなブタの方がタイプかも。
そう思案しているわたくしをブタの王子様は不安げに見ています。

おやおや。
試しに、耳元でささやいてみます。
「ブタ野郎」
あまり気にしていないみたいです。今の姿そのままですものね。
続いてささやいてみました。
「ブタの……丸焼き」
脱兎のように逃げ散らかす王子様です。
ほほえましく、いつまでも眺めていたかったのですが、準備ができたと魔導士が呼びに来たので、東の女神へ会いに行くことにしましょう。

*---------------------*

王都の東にはうっそうとした森が広がっています。
精霊が守る木々からは、緑の精気があふれて空気や水を浄化するのです。
馬車は、神々しい光の中にある、泉へとやってまいりました。

「女神様~」
魔導士が大きな声で呼びかけてみても返事は帰っては来ません。

ーーベタな呼び出し方でないと、登場しにくいのかしら。
さっそくピンク色の小さなブタの王子様を蹴落としました。

ざっぱーーん

「突き落としたのは、金のブタか?それとも銀のブタか?」
泉からドヤ顔で東の女神が出てきました。
「おや。久しいな。南の聖女ではないか」
どうも彼女は早とちりで、わたくしはちょっと苦手なのです。
「ならばこのブタは私への貢物か?ならば遠慮なく頂戴しようぞ。太らせて丸焼きにしたらうまそうだな」

ブタの丸焼きって、そんなに美味なのかしら?そもそも女神様がそんなの好物ってみんなに知れたらまずくない?
「落っことしたのは、王子様なんですよ」

「なんと!」
わたくしの言葉を真っ直ぐに聞くあたり、さすが、自らの使命にはクソ真面目な泉の女神、こういう仕事への姿勢が精霊たちに好感をもたれる理由なのでしょう。

「油断しておったわ!やりなおしじゃ。しばしマテ」
と、泉の女神は泉の中へ。

……再び現れて
「どっから見てもブタ野郎にしか見えんのだが」
説明してくれと言う女神に、西の魔女の呪いでこうなってると教えた。

「そっかーー」
「わるいが、ブタ野郎には金銀のブタで返すというのが定番だからのぉ」
「ブタのままではだめなのか?」
わたくしもこのままの姿でもいいと思うのですが……

ここは王子様の為に、なんとか女神の持つ力を貸してもらわねばなりません。
「おやぁーー。ほんとは王子様なのに。女神なら、魔女の呪いなんてちょろいでしょ」

「うーーん西の魔女のヤツ、めんどうな事をしおってからに」
苦笑いして、泉の女神はこう言いました。
「金銀サービスは無しでいいなら、王子にもどしてやろう」

ーーやったー
かくして、王子様は元の姿を取り戻すことができました。

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そして、立太子の儀

式典の最後、わたくし南の聖女は王子様の前に立って、祝福を与えます。
誰にも聞こえないよう、顔を王子様の耳元によせて、つぶやくのです。
ほんの数日、二人で紡いだ夢のような日々を思い出して、あの言葉を王子様に贈りましょう。

「王子様の・・・ブタ野郎☆」


お読みいただいてありがとうございます。
ゆるーい異世界のお話を【恋する異世界】として、毎週月曜日に更新しています。

それぞれ短いお話です。どうぞ肩の力を抜いてお楽しみください。


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