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旬菜 しなり

「飲みものはいかがしますか?」と聞かれたが、メニューらしきものが見当たらないので、なにがありますか?と尋ねると
「たいていなんでもありますが」と言うので、では瓶ビールを、と注文すると、振り返って「瓶ビールはないよね?」ともうひとりの店員さんに。「無いね、というか冷えてないね」

・・・うむ、なかなか難易度が高い店だな、と。

それではお燗にできるお酒は何がありますか?と聞くと徳島の地酒の四代目 和右衛門を出してくれた。
三好市池田町のお酒。中和商店の日本酒で、三代目が吟醸で四代目が特別純米、そして五代目が本醸造だということで、お燗にするには純米の四代目、ということらしい。

純米酒といえば思い出すのは東京で勤務していたころの部下の男の子。
長年この仕事をしていると、当然ながら後輩や部下を教育する立場になるわけだけれど、彼はその中でも一番印象に残っている部下。
田舎から、右も左もわからぬ東京で勤務することになったときに配属された直属のマイ・ナンバーワン(スター・トレックでいうところの副長の意)で、わたしの部下にはもったいないくらい優秀な子であるにも関わらず、不思議と懐いてくれて、毎晩のように勤務後駅前の飲み屋街に連れ立ってでかけた。

彼は若いのに珍しく非常にスノッブな日本酒好きで、純米の吟醸酒こそ至高と考えているような、つまり磨けば磨くほどいい酒である、というこだわりを持った男でして、会社の飲み会でレモンサワーとかなんちゃら酎などを飲む雰囲気を非常に軽蔑してるところがあって、たぶん、わたし以外の上司だとめんどくさいタイプの社員だと敬遠されてしまうのではないかと心配していたものです。

酒米の半分以上を糠にしてしまう、ということのの是非はともかくとして、彼に付き合って、毎回彼が飲みたがる冷やした純米吟醸酒のグラスを傾けつつ、言うほどアル添も悪いことばかりではないし、温めて初めて香り立つ日本酒の旨味、というのもあるのだけれどなぁ、なんてことをいかにして彼に伝えたもんか、中間管理職のしがらみや理想論だけでは乗り切れない汚い社内の政治をいかにして説明しようか、と思案したものだ。

懐かしい懐かしい、とノスタルジーに浸りつつ、カウンターの大皿に鮑を見つけ、それを頂くことにする。ちょっと贅沢。

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