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囲碁、バイオレンス、そして囲碁-異常囲碁映画『鬼手』感想

世の中、やっていいことと悪いことがあるけど、悪いことでも堂々とやればいい感じに見えることもある。そんなわけで異常囲碁映画『鬼手』の感想です。

というわけでだいぶ前だけど韓国映画『鬼手』見てきました。
映画って、面白さを定義する要素がいくつか存在するんですけど、例えば「脚本がいい」とか「アクションが凄い」とか、それは人それぞれだし、なんなら個人でもその時々のバイオリズム的なものによって変わったりする。
一方、この鬼手の脚本は滅茶苦茶粗い。アクションは強烈だけど、それがメインディッシュではない。また、演出や編集など、技術的な拙さが要所要所に感じられる作品だ。
しかし、困ったことに本作はもうムルンムルンに面白い。多分、それは何時いかなる時でも変わらないし、バイオリズムなどという生半可なものに左右されることもない。太陽が東から昇り西に沈むように、あるいは大きめの石で頭を殴れば人が死ぬように、まったくブレることのない芯の強さのある面白さである。とにかく強烈で熱く、鑑賞からしばらく経った今でもなお熱を帯びて鑑賞時の記憶が呼び起こされるほどの衝撃的な鑑賞体験をした。
そもそも鬼手がどういう映画かというと「姉を死に追いやった邪悪なプロ棋士に復讐するため拳と棋力を鍛え裏社会で暗躍する」というもの。すなわちバイオレンス囲碁映画だ。
今、世界的に注目されている映画うまうま大国韓国の得意技と言えば「ジャンル横断」がその一つに数えられるだろう。「連続殺人鬼もの」と「韓国ノワール」二つのジャンルを横断してみせた『悪人伝』や、ジャンル横断しすぎて何がなんだかわからなくなってるのに滅茶苦茶おもしろい『神と共に』なんかは記憶に新しいと思う。この『鬼手』もまた「バイオレンス」と「囲碁」二つのジャンル横断が実現している。しかし、数多なジャンル横断を実現させてきた韓国映画界において、本作のジャンル横断っぷりは一味違う。それもそのはずで、実は囲碁とバイオレンスのジャンル横断映画は既に存在する。それが『鬼手』の前作にあたる映画『神の一手』だ。
『神の一手』では囲碁もアクションも真正面から描くことでジャンル横断を描き切った大傑作である。しかし、同時に「囲碁」と「バイオレンス」が横断するという外連味しかない衝撃は、外連味しか無いからこそ新鮮な衝撃がそれ一本で完全に消費しきってしまった印象がある。簡単に言えば『鬼手』それ自体に囲碁とバイオレンスが横断するという衝撃はない。何故なら多くの韓国国民はその衝撃を既に『神の一手』で体験してしまったからだ。
恐らく『鬼手』の間違いなくデキる制作陣もこう考えたに違いない。「前作と同じではダメだ」「何か新しく、デカいことをしなければ…」そして鬼手が生まれた。
『神の一手』の続編にして前日譚作品である『鬼手』は「囲碁」そのものを「バイオレンス」にすることで新たなジャンル横断の極致を実現した。
つまり囲碁とバイオレンスの完全マッシュアップ。ジャンルを横断するのではなく、すり鉢に囲碁とバイオレンスを放り込んでゴリゴリにすり潰して混ぜ合わせ、一つのジャンルに融合させたのだ。
それによって、囲碁によって人が死ぬハイパーバイオレンス囲碁ワールドが実現した。もうこれがメチャクチャすごい。とにかく囲碁による異常な絵面の連発する。「囲碁で人が死ぬ」という異常現象を全く奇を衒わず大胆かつ正面にドン!と眼前に突き付け、ただただその豪胆さで説得力を持たせる本作はまさに異常囲碁映画の名に相応しい。
そんな異常囲碁のバイオレンスマッシュアップの発露としての筆頭が「長城の占い師」戦と「復讐棋士ウェトリ」戦だと思う。
長城の占い師戦では、金ではなく互いの腕を切り落とすことを賭けて対局(長城の占い師は明らかに発狂しており、金ではなく腕を要求する)。ちなみに長城の占い師は霊媒体質であり、超能力を駆使して相手に揺さぶりをかけてくる。
復讐に燃える棋士「ウェトリ」戦では溶鉱炉で殺人碁盤を駆使してデス囲碁バトル。殺人碁盤は碁石の重さで硫酸が飛び出す機構がついており、石をとられすぎると硫酸が飛び出して死ぬ。
とにかく「漫画か????」と思わせる滅茶苦茶な内容を実写で全く照れずにやる。ここで一歩でも照れや躊躇があったら一気に白けるところを、「こうだッ!!!!!」と一気に突き抜けていくので、こちらも「そうかッ!!!!!!」と応えることができる。制作陣と観客の間に健全な信頼関係が成立しているのだ。
これらのメチャクチャな展開を大仰かつ豪快に演出すれば、シュールなコメディ映画として脚本の奇怪さに目を瞑ってもらえたかもしれない。というか普通はそうするし、もしくはそんなメチャクチャな展開を描こうとはしない。しかし、本作の制作陣はあくまでシリアスなノワール映画として異常展開を抑揚の利いた演出で表現しており、それがこの映画の粗さを際立たせると同時に異様な雰囲気をも色濃くする。
とにかく突飛で破天荒な発想を真正面から描く豪胆さで並々ならぬ迫力の実写映画となっている。まさに昭和の劇画漫画を思わせるタフな映画だ。
そのどこまでも肝の据わった展開は見ているだけで心をガンガンに熱くる。
とにかくどこまでも異常で豪胆な一本だ。韓国映画の底知れなさとそれがヒットする市場の熟成っぷりに恐れおののくこと間違いなし。いやヒットしたかは知らないけど。でもこの映画が作られたこと自体すごい。監督も制作会社も変な熱に浮かされていたとしか思えない。唯一無二の鑑賞体験ができるという意味でも必見の映画だ。

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