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総製作費120億円の地獄 超ド級のエンタメディザスター映画『レスキュー』(中国)

人が地獄から這い上がる様はいつ見ても美しい。
ハリウッドの強固なプロットシステムである三幕構成を見てみると、中盤のミッドポイントで主人公を地獄へ叩き落とせというアドバイスがある。
それほど人が地獄に落ちる様(あるいは這い上がる姿)は王道で普遍的な面白さを持つのだ。
そして来る5月21日。製作費120億をジャブジャブ注ぎ込んだ最高級の地獄が公開された。それが中国の海難救助隊の活躍を描いた映画『レスキュー』だ。

海難救助映画と言えば日本では『海猿』などが有名だと思う。感動超大作として日本で大ヒットした映画として多くの人に記憶されている。映画『レスキュー』も感動超大作であり、内容は海猿と対して変わらないと思う。ただ一つ違うのが、監督が主人公を地獄に叩き落すことに余念のないアジア1のド畜生ダンテ・ラムなことだ。

香港映画と言えば人をやたらどん底に突き落とす作風で知られるが、ダンテ・ラムは特に執拗で容赦のない男の一人だろう。
ミリタリー超大作『オペレーション:レッド・シー』では避難民すら容赦なく肉塊となる地獄を描き、スポ根超大作である『激戦 ハート・オブ・ファイト』では親の倒産や子供の死、首の骨が折れるなど三者三様の地獄を見せる。また、香港ノワール『ビースト・ストーカー/証人』では誤って子供を射殺してしまった刑事が主人公だ。わかりやすいよう『若おかみは小学生!』で例えると、おっこの家族を皆殺しにした運転手が主人公のようなものである。
このようにダンテ・ラムは様々なジャンルでそれぞれ地獄のようなシチュエーションを描いてきた。そんなダンテ・ラムが海難救助映画に挑む。挑んでしまった。当然スクリーンに広がるのは、凄惨な地獄だった。

この映画、とにかく事故の規模が全部すごい。
まず挨拶代わりに『バーニング・オーシャン』級の事故をサクッと発生させる。
『バーニング・オーシャン』はピーター・バーグ監督による実録災害パニック映画だ。海のド真ん中にある石油掘削施設から天然ガスが逆流し、さらに引火して大爆発してさあ大変というあらすじ。「世界最大級の人災」という惹句にもあるように、『バーニング・オーシャン』は全編ハードでスリリングな内容だ。それが『レスキュー』では冒頭で発生する。

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もちろんバーニング・オーシャンは現場作業員目線でアホの上司と戦いながらバーニングしているオーシャンをサバイブする映画であり、レスキューとは視点もジャンルも違う。
だが世界規模の大惨事である石油プラットフォーム爆発事故は終盤のクライマックスに持っていくべき案件であり、それを冒頭で消費するのはどう考えてもおかしい。
フランス料理のフルコースで初手ガーリックステーキを出すシェフがいたら正気を疑うように、こちらも初手バーニング・オーシャンを出されて目を疑った。
実際フルコース初手ガーリックステーキを出されたらどうなるだろうか。もちろん美味しいし満足度は高いけどもさすがに面を食らうし胃もたれもするし、この後大丈夫?尻すぼみしない?という不安にもなる。
つい最近、オープニングがピークである『アーミー・オブ・ザ・デッド』を見たばかりというのもあって、そんな気持ちにさせられた。
もしそれが香港屈指の強火調理映画監督じゃなかったら、実際にそうなっていたかもしれない。
だが本作の監督は香港屈指の強火調理映画監督ダンテ・ラムだった。
本作はまったく尻すぼみすることはない。それどころか地獄みたいな事故がスナック感覚で次々発生する。そのせいで中国が短い期間に世界規模の事故がメチャクチャ発生するヤバい国みたいになってしまった。
だが『レスキュー』というタイトルを見て人が悲惨に死ぬ凄惨な事故を期待しないほうが無理があるので、この強火スタイルは完全に正解だったと言える。

それからこの映画、事故の規模がデカければ撮影の規模もデカい。まず予算が120億円くらいあり、完全にハリウッドのブロックバスター級だ。それだけでなく、ダンテ・ラムはその金を使ってハリウッドの一線で活躍するVFXスーパーバイザーなどの映像スタッフを呼んだ。
アジア圏最大のヒットを記録した『戦狼/ウルフ・オブ・ウォー』ではルッソ兄弟をはじめ、様々なハリウッドのスタッフが関わったが、本作はそれが新しい形で花開いた作品だと言える。
他にもプロダクションデザイナーやラインプロデューサーに映画『タイタニック』のスタッフを呼び、実際にタイタニックを沈めた全長240メートルのプールに本物の飛行機を沈める撮影を行ったそうだ。とにかく撮影のスケールがバカでかい。西にクリストファー・ノーランいれば東にダンテ・ラムありだ。

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実際、本作はその予算と撮影規模に見合ったド迫力な映像を見ることができる。VFXのクオリティはハリウッドのビッグバジェット映画と比較しても1ミリも見劣りしないレベルだ。特殊メイクデザイナーも呼んでいるので、凄惨な死体のメイクもバッチリだ。この映画を「最高級の地獄」と呼ぶのはつまりそういうことである。
ハリウッドの技術力が香港の過激なスタイル(それもとびきり強烈なダンテ・ラム)と出会ってしまい、凄惨な地獄をデカい金とスゴい技術力で再現されてしまった映画。それが『レスキュー』なのだ。

また、本作は日常パートもみどころだ。
事故もカリカリなら日常もカリカリの強火調理に違いないと思えば、これが意外にも王道なファミリードラマだ。
ベタと言えばベタだが、アジア1の爽やかナイスガイなエディ・ポンが主演ということもあって、非常にキラキラした青春活劇のような内容となっている。しかしそこはアジア1のド畜生ダンテ・ラム。日常パートも最後はキッチリ地獄に叩き落す容赦のない二段構えだ。疾風スプリンターでも見たわこのパターン。

とまあ『レスキュー』のことを「地獄」だの「凄惨な地獄」「最高級の地獄」だの色々記したが、本作はダンテ・ラム作品としては比較的ライトな部類の地獄だと思う。
他のダンテ・ラム作品はマジのマジで悲惨な状況が描かれており、観賞後に重たい疲労感が残るのが殆どだ。それでも彼の映画に惹かれてやまないのは、そういった悲惨な状況から這い上がる人間の強さを描いているからだ。
もちろん映画『レスキュー』もふつうに超過酷なのでエディ・ポンが酷い目に遭ったりするが、それでも真の海難救助隊として現場に駆け付ける姿がとても熱い。
ダンテ・ラムがついにハリウッドの技術力を手にして好き放題にした『レスキュー』は、とにかくビッグで凄惨な映画ので、是非映画館で見て欲しい。

ちなみに出演した俳優が悉く「マジでキツイ。二度と出たくない」と言うほどの過酷さで知られるダンテ・ラムの現場だが、本作ではついに監督本人が「こんなキツい作品二度とゴメンだねガハハ!」と語ったそうな。
色んな意味でも、必見な作品だ。


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