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男性社会的な雰囲気

コロナ禍になってからサウナに行くようになり、特に近場の小さな銭湯に人のいなそうな時間を狙って行きます。タイミングが良かったら人も少なく、自分の世界に入って集中して気持ち良さに身を委ねることができるのですが、そんな時ばかりではありません。「こんな小さな銭湯にコロナ禍の今、ラグビーかアメフトらしき部活帰りの恰幅の良い大学生が6人で何で来ちゃうかなー?しかも、同じ浴槽に入ってお湯を大量に溢れさせ、喋りまくり。」というようなシチュエーションも時には遭遇します。

サウナ好き(最近サウナーとも呼ばれます)の界隈ではこういった集団でサウナに入店し、どこに行くにも一緒に行動する客をドラクエ客(ゲームのドラゴンクエストのパーティのようなので)と呼ぶそう。

こうしたサウナのモラル問題についてはいつも論争を呼びますが、今回の記事のテーマはこの集団化した時に特に顕著に現われる男性社会的な雰囲気についてです。私は先述したような銭湯での状況に居合わせると、子どもの頃に感じた違和感を思い出します。

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男性社会的なものの原体験

私がはっきりと男性社会的なものを意識したのは、小学生の頃、父親の勧めで入ったスポーツ少年団に入った時だったように思います。元々、兄弟が3つ上の姉だけで、近くにいる従兄弟達も女性が多かったため、小さな頃からおままごとのような遊びをする事が多かったです。スポーツ少年団は女子も半分ほどいたのですが、行動は男女分かれており、そこには体育会的な不文律が存在し、生まれて初めて先輩後輩の序列や、男女の厳密な線引きを知ったのでした。

スポーツ少年団は主に土日の活動で毎日のように活動する団体ではありませんでしたが、私にとってそれはあまり楽しいものとは言えませんでした。マラソンを趣味としていた父が身体を鍛えて欲しい、社会性を身につけて欲しいと思って入団を勧めたのでしょうが、初めて体験する謎のルールや、練習中の叱責、全てがカルチャーショックでした。従兄弟連中の中で一番年下で、家でも田舎の長男として甘やかされまくっていた私にはなかなか受け入れ難く、母親から「先輩、後輩なんて皆んな平等な人間なんやから。」という話をされたのを鵜呑みにして(本音と建前というモノの理解が自分には無かった)、偉そうに振る舞う先輩には反抗的な態度を取っていました。

地獄の合宿

スポーツ少年団の活動で最も苦痛だったのは夏休み中の合宿でした。合宿中の練習や記録会が苦痛だったのではありません。問題は夜の時間でした。まず嫌だったのは入浴時間でした。小さめの旅館くらいの浴室で決められた時間に集団で入らなくてはなりません。同年代の子どもとお風呂に入る機会が無かった私は、それだけでストレスなのですが、またこの時に先輩がふざけて後輩の股間がデカイだの小さいだの揶揄うのです。それが嫌で、お風呂はカラスの行水状態ですぐに上がっていました。

そして、最も嫌なのは就寝時間でした。寝室は20畳以上ある和室で布団を敷いて寝ます。日中に運動している事もあって、21時を過ぎると眠くて仕方なかったのですが、迂闊に寝落ちしてしまうと色々な理解不能の罰が待っていたのです。それは、先輩達が主導になって、眠ってしまった下級生がいると、布団ごと女子の部屋に運ばれてたり(実際私もされました)、布団蒸しといって上から布団を何重にも掛けて動かけなくしたりされるのです。この辺りは当時のコーチや大人も一緒にしていた記憶があります。私にとっては大してそれが面白いように思えず、嫌で仕方なかった。

そして就寝時最悪だったのは、先輩曰く「儀式」と言って眠っている下級生のズボンを下げて股間を皆の前でさらされる嫌がらせでした。これが私としては生理的に最も受け入れ難い事であり、嫌すぎて3泊する夜中緊張して、朝方まで何とか耐え続け、朝になってようやくもの凄い眠気とダルさの中安堵するのでした。

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人によっては「それくらいの事何でも無いだろ。子どものイタズラくらい。殴られたりした訳でもないだろうに。」と思われるかも知れませんが、その頃の私にとっては性的な事は禁忌で、デリケートな部分に触れられる事を非常に恐れていました。この時の雰囲気に対する嫌悪感が今でもずっと残っている気がします。自分達の一つ上の先輩達が卒業するまでそれは続いたのですが、私が6年生になると大人しい同級生が多かったのでそのような風習は無くなりました(その後復活してるかは分かりませんが)。

男性社会的なノリの正体

中学に入学してからは、私は父親の期待に背いて陸上には進まず(私の中学には陸上部は無く、スキー部がそのポジションで、夏場に陸上競技をしてました)、ソフトテニス部に入り、高校では弓道部に所属していました。中学以降の部活は体育会系ではありましたが、やや文化系寄りの運動部といった雰囲気で、縦社会はあるものの、耐えられない雰囲気では無かったのでした。

その後大学へ進学して、歴史系の専攻の友人に囲まれていたため、あの体育会系の感じとはあまり縁がありませんでした。しかし、大学を卒業した後に入り直した介護の専門学校で7つくらい歳下の同級生と関わる事であの時の空気を思い出したのです。

専門学校の頃私はアラサーでしたが、若い子達は結構面白がって遊んでくれて、10人くらいで野球やサッカー、キャンプに行く事もありました。アラサーになって、青春のやり直しみたいな事ができたのは、青春のアディショナルタイムみたいで楽しかったのですが、反面「男が群れるとこんな感じあるよな。」という負の部分がチラつきました。例えば、元野球部のいじられキャラの男の子に対し、少し年齢が上のSっ気の強いリーダー的存在が、無茶振りや過剰ないじりをしていました。特に覚えているのは、バーベキューの時にふざけて火で熱したトングをお腹に当てられて火傷になっていた事(それから10年後にも火傷は痕になってました)。未だに悪ふざけでも余りあると思ってます。止められなかった私も悪いですが。

ある時、元野球部の彼に高校時代の話を聞いたのですが、いじられ易いキャラなのは昔からで、高校時代は先輩に全裸にされて球を集団で投げられた事があったと聞いて何となく腑に落ちてしまったのでした。別に彼のいじられ易い性質が悪いとかではありません。むしろ、元野球部の彼自身はいじめられているという感覚でもなく、ノリに流されていつもそのポジションになってしまうといった感じで、楽しい思い出くらいに話していました。しかし、まさしくこの悪ノリして誰かを貶めても許される雰囲気こそ、私の苦手とするものなのだと気付いたのです。

おばさんおじさんとしての私

元々集団行動が苦手で、皆んなと同じに馴染めない性格でした。社会を営む上で集団の輪を大切にするのは不可欠なのは分かります。今の私も高齢者福祉の法人の職員である以上、苦手分野ですが最低限大人として組織の論理に協調してはいます。しかし、男性性の強い組織や集団に対しての違和感や苦手意識はずっとあります。福祉系の職場は女性職員が多く、男性中心の職場とはまた違った雰囲気やルールがあります。その分、感情面や承認欲求への配慮が必要になりやすい傾向があったりしますが、私としてはまだ男性社会的な雰囲気よりは馴染みやすい気がします(時にはそれが故にややこしい事もありますが)。

これまで転職もしていますが、事ある毎に言われてきたは「あなたはおばさんだよねー。」という言葉でした。どうも私のコミニケーション方法や感情面は女性的なようで、おじさん的と言うよりはおばさん的に見えるようです。かといって全てが女性的と言う訳ではなく、自分の中にいわゆる男っぽい部分も沢山あります。

男性学について

最近注目されてきた学問として「男性学」というものがあります。男性に生まれてきたことで、社会から男らしく生きる事を強いられ、男であれば仕事を成し遂げ家庭を持って家族を支えるのが当たり前といった重圧から自由であっても良いのではという多様な生き方の提案をしている学問です。恐らく社会が成熟し、低成長の時代になってきたからこそ、このような考え方が出てきたのだと思います。皆が正社員になれて、終身雇用で幸せな家庭を持つという夢を持てなくなったからこそ、今までのように「男なんだからこれくらいして当たり前。」と思わず、自分のありのままの意思で行動できる時代になったとも言えます。

↑ 男性学について社会学者の田中俊之さんが書いている読みやすい本です。

ありのままに

20代の頃は社会に出るに当たって男性社会的な文化に自分を染めなければ、社会に順応できないのではと不安に思っていたところがありました。しかし、そうやって無理して合わせていると、どこかで綻びが出たり、不自然でぎこちなくなり最終的に自分が保てなくなったのでした。歳を重ねた今楽になったのは、男性社会的なものに無理して染まる必要はなく、適当な距離感で折り合いをつけて行ければ良いかなと思うようになったからです。そして「男らしさ」に縛られず、男性的な自分と女性的な自分を自覚しながら自分らしくありのままで生きていければと思います。











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