おとこをみつけた
仕事を終えて、保育園に向かって歩く。迷わず海沿いへ続くドアに手をかけた。足取りは軽い。晴れているけどそう暑くもない。眼前の海の湿った存在感に反して、髪をすすぐように向かってくる風はさわやかだった。
いつもより少し早く迎えに来ただけなのに、わたしの顔を見た双子は「おかーちゃん!」と跳ねて喜んだ。
靴をはいてリュックをしょった二人は、園庭で、上手になったという鉄棒の技を披露してくれる。「見て!ほら!」という声も表情も、わたしを安心させる。二人がこの園に入れてよかったと何度も思った。3ヶ月だけ通った、ひとつ前の園で、双子は毎朝泣いていたから。
帰るよー!と呼ぶと、ひとりずつわたしの元に走り寄って来た。ぎゅっと手をつないで園を出て、海沿いの道へ。
あるおうちの横を通るとき、次女はいつも柊の葉を「ちくちゃんだ」と言う。ちくちくだから、かなあ。ちくちゃん。かわいい名前。
ちくちゃんを通り過ぎたあたりで、長女が言った。「ねぇおかあちゃん、あのね」
「なんでとうちゃんとけっこんしたの?」
「うーーーん、えーーっとねぇ」
なんて言おうかなと少し考えて「とうちゃんがすきだったから」というと長女からまた「どうしてー?」と返って来た。
そこで次女が言う。「かあちゃんはね、おとこをみつけたからけっこんしたんでしょ」
「えっ!」衝撃だな。おとこをみつけた。おとこを、みつけた…。この30年の人生で頭に浮かばせたことのない言葉だな。
「で、それで、とうちゃんのかおがすきだったんでしょ〜」
「えーっ!」否定しにくいな。でもごめん、かあちゃんは色白で濃ゆくない顔の女の子が好みです…。真逆もいいとこなの。
えっ、を連発する私をにやにやして見つめる次女と、「おとこをみつけた、おとこをみつけた〜」と笑う長女。
「あなたたち、おもしろいことを言うねぇ」
わたしの両側で双子はわははと笑った。海風に背を押され、海沿いを歩く。面白い人間だと思う。あなたたちも、わたしも、どんなひとも、きっと。
双子が揃ってわたしの手を離れて小走りで向かったのは、人んちの小さな花壇だった。あの花の名前をわたしは今、全く思い出せない。一緒に図鑑で見たのにね。
今日のお迎えのとき、また教えてもらおう。あの赤い花の名前を。
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