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<伊勢滞在記> 伊勢、2つの世界の入り口に立ち (江六前 一郎)

伊勢の朝は遅い。そう感じるのは、東京で暮らす時間が長くなったからだろうか。朝が早いというより、夜が遅いというのか。東京の朝と夜に境はなく、グラデーションで繋がっている。

伊勢市クリエイターズ・ワーケーションに参加したのは、11月13日から24日までの12日間。

267時間もの時間を伊勢で過ごしたなかで、いちばん好きだったのが朝だった。

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夜と朝の狭間、6時に伊勢市駅付近の宿泊先を出る。およそ4キロ離れた伊勢神宮の内宮を目指して走るのが、滞在中の日課だった。

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勢田川に沿いの道から御木本道路(県道32号)に入り、ゆるやかな坂道を上がっていく。途中、伊勢自動車道の高架をくぐってから蓮台寺の柿畑に挟まれた最後の坂道を駆け上がる。いちばん辛い坂を上りきったら、残りは1キロ。あとは下ってゆるやかな道が残るだけだ。

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内宮には6時30分頃に到着する。まだ日は登っていない。宇治橋を渡る前、大きな鳥居の前で一礼してから神域におじゃまさせてもらう。

しんと静まり返った世界に、砂利を踏む自分の足音だけが響く。日中は多くの参拝客でにぎわう内宮も、この時間だけは人影はまばら。しんとすんだ空気に少し湿った土の匂い、朝の香りがする。

ちなみに境内はランニング禁止(これは外宮も同じ、初日に走って入ろうとしたら呼び止められました笑)なので、呼吸を整えながらも体が冷えないように少し早歩きで御正宮に向かう。

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宇治橋から御正宮まで、GARMINのランニングウォッチによると700メートル。御正宮で参拝して、再び宇治橋に戻ってくると7時10分くらいになっている。

この時間は、ちょうど内宮の裏の山から朝日が昇ってくる時に重なる。大きな鳥居の向こうに宇治橋が見え、そのさらに向こうの山から朝日が昇る。この景色が、すっぽりと橋の袂に立つ鳥居の内側に収まるのだ。なんという粋な仕掛けだろうか。

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おめでとうございます」。一日の始まりは、いつだって新しい。そんなことを朝から感じるていると「毎日が、貴重な一日だ。無駄にできないなぁ」、そんな気持ちにさせられる。

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年に1500回も執り行われる伊勢神宮の祭典の中で、新穀を神宮に捧げ五穀豊穣に感謝する神嘗祭(かんなめさい)や、農耕の節目にあたる6月と12月に行われる月次祭(つきなみさい)のように、重要なお祭りは夜に行われることが多い。

10月15日~25日 神嘗祭
由貴夕大御饌(ゆきのゆうべのおおみけ)を外宮は15日の22時、内宮は16日の22時に奉る。
由貴朝大御饌(ゆきのあさのおおみけ)を外宮は16日の2時、内宮は17日の2時に奉る。
御神楽(みかぐら)を外宮は16日の18時、内宮は17日の18時に奉る。
6月15日~25日、12月15日~25日 月次祭
由貴大御饌(ゆきのおおみけ)を22時と翌2時に奉る。

2013年に行われた20年に1度の伊勢神宮最大の祭典「式年遷宮(しきねんせんぐう)」でも、新しい社殿に神様がお移りになるクライマックスの儀式、遷御(せんぎょ)の儀も20時から始まっている。

そのことを伊勢滞在中に伊勢神宮の神宮司庁神宮主事、音羽悟さんにお聞きする機会を得た。

音羽さんによると、古代の人たちは、昼と夜を別々の世界と考え、夜を神々の世界、昼を人間の世界としていたといいます。そのため、神々が活動する夜にお祭りをし、神さまへの食事である「神饌(しんせん)」や貢物を奉る。奉られた神饌は、その後、神職の人たちが料理をし、大事にいただくそうだ。

昼と夜を繋がった一つの世界として考えている現代人にとって想像しづらいが、昼と夜を別々の世界としてとらえる世界観が、1500年以上たっても受け継がれていることに驚かされる。

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伊勢市クリエイターズ・ワーケーションには、友人の料理人、大野尚斗さんと一緒に「侍キュイジニエ」というユニットで参加した。

大野さんは、アメリカ・シカゴのミシュラン三ツ星店「アリニア」などの一流店で就業した後、世界各国を旅しながら食材を探究し、その土地ならではの料理を生み出し続ける”旅する料理人”。2人の創作活動として、「伊勢市周辺の食材を探究し、その食材を使ったポップアップレストランを開く」ことを目的にしていた。

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大野さんは、食材と料理を。食の編集者である僕は、大野さんが考えた料理を、さらにお客様に満足してもらうためにどんな物語を与えるか。そんな課題を持っての参加だった。

ポップアップレストランは、滞在の掉尾を飾る11月21日(土)と22日(日)の18時から。

神宮司庁の音羽さんにお聞きした昼と夜の「2つの世界」の話は、漠然と「ディナーにしよう」と話していたレストランが、別世界の入り口にたっていることに気づかされた。

神饌を奉ることは、その季節の旬の食材をまずは神様に召し上がっていただくということです。奉った供物は神様に感謝をしながらいただくのです

伊勢市とその周辺の食材の恵みに感謝をしながら、神々の住む夜の世界におじゃまして開く食事会――。

音羽さんの言葉を思い出しながら、僕たちはポップアップレストランの名前を、「MIKASHIKI」と名付けた。伊勢神宮で調理を担当する役職「御炊(みかしき)」が語源だった。

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伊勢市に来る前、外から見えた漠然とした街のイメージには、「伊勢神宮」という大きなシンボルがある一方で、それ以外はとんど思い浮かばない謎の町のように感じていた。

ファッションデザイナーでDJの藤原ヒロシさんや、巨人のレジェンド投手、沢村栄治さんの出身地だそうだが、改めて調べるまではまったく知らず。

」に関係しているので、「伊勢海老」や「松坂牛」、伊勢志摩サミットが行われた「志摩観光ホテル」などはかろうじて知っていたが、いざ伊勢に来てみると「伊勢海老」や「松坂牛」、「志摩観光ホテル」は、じつは伊勢市にはない。

実際の伊勢市のことはまったく知らないのだ。

そんな「なにも知らない」伊勢市に12日間滞在してみると、当たり前のことだが、伊勢市にも、そこに住む人々たちがいることに気づかされる。

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もちろん伊勢神宮にかかわりながら多くの人たちが暮らしていると思うが、そのなかでもたとえば、滞在中に行った焼き鳥店「にかわ」は、観光地でありながら地産地消という土地の重力を断ち切って、東京などの都市部の焼き鳥店と同じ土俵に立って勝負を挑んでいる。伊勢だから行くのではなく、店主の上村航士朗さんの焼く鶏を食べに店に行く。

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ほかにも、大正3年(1914)に創業して以来、106年の歴史を持つ洋食店「開福亭」(下写真2枚目)は、ずっと伊勢の人たちに向けて名物のタンシチューやチャーハンを作っている。近鉄宇治山田駅近くにある一風変わったドライカレーで有名な「キッチン・クック」(下写真4枚目)や「まんぷく食堂」の山盛りのからあげ丼など、伊勢に住む高校生から社会人たちの胃袋を満たし続けてきた食堂も健在だ。

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伊勢うどんを出さないうどん・そばのお店「玉川」(下写真1枚目)や、伊勢市の食材を使ったメニューがしらすとあおさのピッツァ(下写真2枚目)だけで、あとは日本全国の食材を扱っているイタリアン「nousagiya」もある。

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ローカルな食カルチャーといえば伊勢市を移動しているとひんぱんに見かける「ぎゅーとら」(本社が伊勢市)も、伊勢志摩エリアでしか見かけないオリジナリティあるスーパーだ。

伊勢市は伊勢神宮だけの世界ではない。そんな当たり前のことに、訪れてようやく気付く。

伊勢神宮の世界と、そこに生きる人たちの世界。二つの世界は繋がっているようにもみえるが、僕にはどこか、昼と夜を別々の世界にして暮らし分けていたような古代人の世界観を感じとる。ワーケーションでその入り口を見つけたのだ。

そしてその別世界の入り口はもっと多様に、いくつも存在しているようにも思う。

僕は「」の視点から、別世界の入り口に立てたわけだが、もしかしたら、ワーケーションに来た別のクリエイターさんが、違う世界の入り口を見つけてくれるかもしれない。

クリエイターズ・ワーケーションでたくさんの「入り口」が見つかったいいなぁ。いろんな世界を認めあって共存する、楽しくて住みやすい街になる。

そんな伊勢市に、僕はまた、別の入口を探しに行くのだろう。

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クリエイターズ・ワーケーションへの参加が決定から、滞在中に書いた日記、ポップアップレストランの報告、後日談までをマガジンにまとめております。この記事に興味をもっていただいたら、ぜひこちらの記事も読んでいただけたらうれしいです。

江六前一郎(えろくまえ・いちろう)
1977年、千葉県生まれ。1997年、木更津工業高等専門学校。2002年に雑誌・書籍の編集プロダクション「タミワオフィス」に入社。講談社パートワークシリーズ『日本の街道』『世界の美術館』などに携わるなど、歴史、文化、芸術分野で雑誌・書籍編集者として経験を積む。2012年から食の専門月誌『月刊 料理王国』を担当(~2019年)。国内外の一流レストランやシェフを取材、のべ取材店舗は350店におよぶ。副編集長も歴任。2020年5月にタミワオフィスを退社、現在フリー編集者、食のジャーナリスト、レストラン・ディレクターとして活動している。

【滞在期間】2020年11月13日〜11月24日

※この記事は、「伊勢市クリエイターズ・ワーケーション」にご参加いただいたクリエイターご自身による伊勢滞在記です。
伊勢での滞在を終え、滞在記をお寄せいただき次第、順次https://note.com/ise_cw2020に記事として掲載していきます。(事務局)