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46 出会うべくして出会う

昔の人や偉人の言葉に助けられることがたくさんある。言葉との出会いは、「角を曲がったら偶然に」という風に見えて、実はその道を歩いている時から決まっている。自分にとって重要な言葉ほどそうなのだと思う。

この間、イルコさんというカメラマンの人のYouTubeを見ていた。この人は外国の方で、日本語がなのでたまにおかしい時がある。カタコトの日本語で(全然下手ではないのだけど)カメラのこととか、撮影のこととかをわかりやすく教えてくれる。

その時見ていたのは、イルコさんが撮影の時に使わない物を紹介する動画だった。ホッカイロとか虫除けスプレーとか、他の人は使うんだろう物をイルコさんは使わないんだとか。

その中に「傘」というのがあって、イルコさんは雨でも傘は不要だと言う。他の動画でも言っていたらしく、「傘なんていらねえよ」と雨の中傘を放り投げるカットがチラッと映った。なんでかなと思って続きを見ていたら、イルコさんは微笑みながら「人間は防水だから」と言った。ふざけてるのか真面目なのか、とにかくその言葉が面白くて、コメント欄でも話題になっていた。

そのあと、動画が並んだリストの中から目に飛び込んで来たサムネイルがあった。そのタイトルがこれ。「誰も要らないだろうけど『人間は防水』Tシャツ作っちゃいました」。作っちゃったそうだ。イルコさんやっぱり面白い。

動画の概要欄にネットショップのURLが貼ってある。訪れてみると「人間は防水」Tシャツの他にも、カメラにまつわる言葉がデザインされたTシャツがあった。

よくよくそのサイトを見ると、このサイトはネット上で自分のオリジナルTシャツのデザインが出来るらしい。画像や文字を指定すると、それがプリントされたTシャツのイメージがすぐさま画面に映し出される。そしてそのまま発注をかけることができる。

僕の興味は、イルコさんのTシャツからそのサイトの方に向いて、自分でもデザインだけしてみようと思った。適当に手持ちの画像をアップしてひとつ作ってみた。とても簡単に、画面上にオリジナルのTシャツが出来た。

今度は文字。何か良い言葉はないかなあと、自分の頭の中から偉人の言葉を探した。Tシャツのデザインなので、英語がかっこいいだろうと。で、出てきたのがこれだった。

Do not fear death so much but rather the inadequate life.
(by Bertolt Brecht)
死をそれほど恐れるな、むしろ不十分な人生を恐れなさい。
(ベルトルト・ブレヒト)

結局この英文は文字数の関係でデザインにすることは出来なかったのだけど、そんな風にふとしたことでこの言葉を思い出したら、なんだか懐かしい気分になった。

この言葉は6,7年前に知って、それからしばらく「自分の人生の軸」と言っても過言ではないほどの存在になった。

でも、どうだろう、この言葉を知っている人はどれだけいるのか。僕はこの言葉を言ったブレヒトさん自身のことについては(失礼ながら)ほとんど知らないし、今だって調べなければ出てこないような言葉だ。

でも、どういう巡り合わせなのか、過去の僕はこの言葉と出会った。当時の僕は「このまま安定したサラリーマンを続けるか、自分のしたい音楽の道を進むか」という岐路にいた。大袈裟じゃなく人生をかけて悩んでいた僕は、きっとこの言葉と出会うべくして出会ったのだと思う。

それから2,3年するうちに、少しずつその言葉の影は(良い意味で)薄くなった。最初は「ベルトルトさんの言葉」という補助輪がついていて、それなしでは走れなかったけれど、段々と補助輪がなくても走れるようになった。そうすると今度は言葉の方から「もうオレがいなくても大丈夫だね」と僕から離れていった。ベルトルトさんの言葉からの卒業だ。

小学校、中学校、高校と進むように、ひとつの言葉から卒業できると、また次の言葉に出会う。ベルトルトさんのあの言葉は、今は大切な思い出として、頭の中のアルバムに保存されている。

効能を得て役目を終えた言葉、まだ理解できないような言葉とはそもそも出会わない。言葉との出会いは、「現在の自分の確認」でもある。新しい言葉に出会うというのは良い。大切にしている言葉が変わることもまた良い。それは意志薄弱ということではなく、成長している証拠なのだから。


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