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さびしいじんせい?

僕の人生は、寂しい人生である。


寂しくなったのは大学生の時から。「人生の夏休み」と俗に言われる大学生活はずっと1人ぼっちだった。


近所の大学に進学したため、自転車で20分漕いで通っていた。
スクールバスにぎゅうぎゅう詰めにされた苦労を経験したわけでもないし、電車1本逃しただけで遅刻確定、というスリルを味わうこともなかった。
だけど、最寄りの駅や近場の栄えている駅で友人と買い物をしたり、飲み会に参加したり、そういった通学間での楽しい経験をする機会がなかった。
唯一の楽しみといえば自然豊かな道を自転車で駆け抜けるため、四季を感じる時間が確保できたこと、冬の寒い日に途中のコンビニで肉まんを買って、自転車にまたがりながら背中を丸め、味わって食べることがこの上なく幸せだった。


なら、学校内で楽しい経験をしたのか、と聞かれると、答えはノーである。


友達作りを積極的にしなかった。
電車通学ではないし出不精だから、友達を作ったところで遊ぶのも億劫だし、どうせ離れていく友達を作ったところで……と諦めに似た考えを持っていた。


基本、講義は教室の前の方で1人座り、マジメにノートを取る。
空きコマはイヤホンを耳に突っ込み、ラジオ・音楽を聴きながらフラフラしていた。
お昼ご飯は学食で食べたことがなく、大学構内にあるコンビニでおにぎりを2個買い、柱の陰に隠れながら5分もかからず腹を満たす。


構内に溢れる同世代の楽しそうな笑い声を聞くのがつらかった。つらいと思いたくなくて、その声を遮断するためにイヤホンを用いたり、学食には近づかなかった。
1人に慣れてしまえばいつかはどうってことがなくなると思っていた。
結局、1人には慣れたけど、同世代の楽しそうな声を聞くのは4年間経っても慣れず、今でも引きずっている。


ここまで書いて、自分はいったい大学生活何が楽しかったんだっけ?と思ってしまった。
華の大学生活、明るい人生の夏休みが文章から滲み出ていない。
むしろ、こいつ、よくも4年間も退学せずに通えたな、と感心する。


大学4年間で楽しいと思えることを何個か見つけ、今でも続いている。


つまらない人生、ではない。
つまらない人生と決めつけてしまうと、自分をそっくりすべて否定している気がする。実際つまらなくはないし。
ただ、思い返すと、寂しいなとは思う。浮かれたこともせず、遊び惚けるわけでもなく、ひたすら真面目に授業を受け、家に引きこもり、外出するといえば1時間の散歩が息抜きだった。
やっぱり寂しいと思うけど、それが僕の性に合っていた。寂しさの中にも楽しさはある。人生の夏休みで学んだことは、これから先の人生でも生きていける術だった。

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