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あう人

ときどき、職場の先輩にしっかりしていると言われる。
自分は全然しっかりしていないし、なんなら毎日びくびくしながら生きている。焦ると顔に出るし早口でまくしたてるように喋る。そんな臆病で小心者の僕がしっかりしているわけがない。それでも少しくらい社会人らしくしなくちゃ、しっかり仕事をしなくちゃと一生懸命動いていたのは事実だ。だから「しっかりしている」と言われたら恐れ多い気持ちを滲み出しながら感謝の言葉を述べる。
そんなある日、上司に「いさをって結構繊細だよね」と言われた。
「今まで色んな新人が入ってきたけど、過去一で繊細だよ」

繊細と言われたら少し傷ついてちょっと落ち込む。それでもちょっぴり嬉しい自分もいた。
僕は(自分で言うのもなんか違うが)繊細である。小さなことですぐ落ち込む。他人の些細な一言で傷つき、その恨みを墓場まで持っていくかの勢いでいつまでも鮮明に覚えている。しかし少し優しくされると一瞬で和やかな気持ちになる。それを見て上司は「こいつ繊細だな~」と思われていたのかもしれない。しかし直接言われたことは初めてだったから強烈な衝撃を受けた。「そうそう! 僕ってちっともしっかりなんかしてないんですよ! ていうか、毎日生きるのにヒヤヒヤしてるし気分の浮き沈みも結構ありますもんっ!?」と嬉々とした表情で上司に早口でまくしたてたい衝動をなんとか抑えつつ、「繊細ですかねぇ」なんてヘラヘラしながら応えた。

そういえば、今この文章を書いていてふと思い出した出来事がある。
同期との食事会で、『同期の中で誰が、怒ったら一番怖いのか』というテーマで話が進んだことがあった。10人ちょっとの同期の中で、○○という同期を挙げる人がほとんどだった。言われた張本人の○○は「まぁ見た目からしたらそうかもしんないけどさぁ~、ちょっとへこむよそれは~」とかなんとか言いながらも場は和んでいた。
そんな中、ある1人の同期に番が回ってきた。彼女に視線が集まる中、こう言い放った。
「私は、いさを君だと思う」

一瞬、その場の時間が止まった。「えっ? こいつが?」と口に出さないまでも同期全員が感じていた空気を僕は敏感に感じ取った。同期の中でいつもひっそり影を潜めていた僕も、まさか自分自身が指されると思っていなかった。体が硬直してしまったが、ここで僕が言葉を何か発さないと同期が窒息死する。殺人犯にはなりたくない。「あっ、俺? いや、俺は別にそんな怒らないし……こんな見た目だから怒っても大して怖くない……と思うよ」と必死に答えた。我ながらつまらない返し方だが、今振り返っても一切面白い返答が思いつかない。まぁまぁ……ね……という微妙な空気が流れたものの、時間は動き始めてくれた。

僕の器が小さいため、相手の些細な一言や小さな態度が引っかかり「ちょい待て、ちょい待て」と言いたくなることがある。そんなときでも何気ない風に装い過ごし、その日一日中、心のとっかかりと戦っている。本当は、それは違うんじゃないか!? と言いたくなる衝動をぐっとこらえている。
そんな僕の器の小ささを、まだ出会って2,3ヶ月しか経っていない人に指摘されたことが驚きだった。影を潜めて行動していたはずなのに、彼女は見破ってきた。

どれだけ自分に嘘をついても、見抜く人はいる。そして見抜いた人を大事にしたい。
本当だったら僕が繊細であること、僕の器が小さいことを口にしなくてもいいのだ。繊細だなと思ってくれればいいのだし、みんなと意見を合わせて同調していれば時間は流れるのだから。本当だったら見破ってほしくないヤワな部分だけれど、見破ってくれたからこそ自分に、合う人と出会えた。

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