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他人へのアンテナ

「他人へ興味を持ちたいんだよね」

職場の先輩はこう話した。移動中の車内での話だ。
先輩は他人に興味が持てないという。相手の好きなことや苦手な食べ物を聞いても、ほぼ覚えていないらしい。「それ、この前話したじゃないですか!」と言っても、「そうだったっけ?」 とへらへら笑う。
「どうやったら他人へ興味を持つことができると思う?」と聞かれた。僕の中でパチンと、なにかスイッチが入った。

「いやいやいや。他人になんか興味を持ったら、それは沼ですよ」

僕は他人に容易く興味を持てるタイプだと思っている。それは良くも悪くも、だ。
相手の趣味や苦手な食べ物、この間行った土地の話など、その人が何の気なしに話していた話題も覚えたくなくても、覚えている。しかも誰がどんなことを話していたか、結構ちゃんと覚えている。
仲良くさせてもらっている人から、以前話していた旅行の思い出を聞くと、「あ~それって、〇〇行ったときに△△して▢▢になったことですよね? それこの間聞きましたよ」と打ち明けると、相手は驚く。なんでそんなに詳しく覚えているの? と。
僕はその驚いた顔を見るのが好きだったりもする。

いつでもどこでも、人にアンテナを向けている。
だから些細な他人の言動もキャッチしてしまう。人の好き嫌いが激しいのも、このせいだ。好きな人の優しいところやセンスのある発言、ちょっとした可愛らしい仕草はすぐに気づくことができる。
しかし、少しでもあれ? と不思議に思うことがあったら、ずっとそこが気になり、さらに他に、気になる部分も現れてきて、気付いたら距離を取っていることも多い。そのため僕は好きな人も嫌いな人もとても多い。

他人に興味を持てない人のことを、僕は本当に羨ましく思う。人に向けるアンテナが短ければどれほど良かったことか。
好きな人の良い面であればいくらでもありがたく受け取らせていただく。だが、嫌いな人の一挙手一投足がいちいち気になるととてつもなくストレスである。
あいにく、他人に興味がない先輩はストレスがないらしい。


一通り、人の興味は沼の第一歩だということを喋り、ふと我に返ると横では目が点になった先輩がいた。車内にスイッチが入った僕を止める人はいなかった。
「すいません、偉そうなこと言って。今のことは直ちに忘れてください」と言い、ハンドルを握り直した。

僕は先輩の驚いた顔を早く忘れたいのに、1日中頭に浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返した。そしていまだにその顔を覚えてしまっている。


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