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「美味しい田舎」が消えないように

「どうにもこうにも目立たない県」、というのがたぶん日本にはいくつかあって、和歌山県はそのうちのひとつだと思う。

魅力度ランキングでも、都道府県駅伝でも、目立たない程度に下の方だし、「県民〇〇」といった類の番組にも、滅多に滅多に取り上げられない。

みかんと梅干し、もう少しご存知の方には、パンダと熊野古道。
これが一般的な和歌山のイメージだろう。

ちなみに、青森、島根、岐阜、あたりには、なんとなく親近感を感じてしまう。
山が深くて、人がすくなくて、神様が近そうなあたりが似ていると思う。

私の父の実家は、和歌山の真ん中あたりの内陸部にある。
グーグルで見れば一目瞭然だけど、山だ。山、山、山しかない。

最寄り駅から車でひたすら、山に向かって50分。
途中から道は細い一本道になり、対向車が来ないことを祈るばかり。
道と山のあいだを清流が流れ、鮎や蟹や、たまに仕掛けが当たればうなぎがとれる。

そんな場所で、昔から日常的に食べているソウルフードが「おかいさん」。
和歌山ではメジャーな、いわゆる茶粥である。

おかいさんの作り方はすごく単純だ。

クマやイノシシに荒らされ気味の裏山で、お茶っぱを摘み、揉んで、干して、そして煎る。
山の上から引いている、やわらかくて甘く、清冽な井戸水をたっぷりお鍋に入れて、お米を入れて、煎茶葉をぽんと入れて、ぐつぐつ煮れば出来上がり。

おかいさんは、優しくてほの甘く、さっぱりとして香ばしい。

こうして書いていると、単純なただの茶粥なのに、田舎から離れてしまうとなんてありつき難い、贅沢なごちそうなんだろう。


朝は基本的に、白飯じゃなくおかいさんではじまる。
シンプルなおかいさんは、何と一緒に食べても美味しい。それが地のものなら最高。

お土産物屋さんに並べるような派手なものはないけれど、土地の人たちが丁寧に愛してきた、滋味深いものならたくさんある。

「こんこ」と呼ばれる大根のたくあん。
まんまるくて柔らかく、風味豊かな手作りこんにゃくを、甘く炊いたん。
うりや茄子など具がゴロゴロ入って、すこしピリ辛の「金山寺味噌」。

高野山名物でもあるごま豆腐。おすすめは「角濱」。あっさりしてこっくりして、びっくりするほど美味しいです。
もちろん梅干しも。しそを巻いて家で漬けた、しょっぱーいやつも、おかいさんにはいい塩梅。
魚を焼くなら、太刀魚の切り身。

年末には鯖。
竹から切り出した串で刺し、日持ちするように炭火で炙り、それを大晦日まで一人一匹、黙々と食べます。山奥で、貧しかった地方の伝統だとか。

鯖といえば、押し寿司も外せない。
お隣の奈良では柿の葉寿司、和歌山の南ではめはり寿司が有名だけど、私の実家では、そこらへんで取ってきたクマザサで包みます。

ああ、書いているあいだにお腹が空いて、よだれが出てきました。

こうして自慢げに田舎料理を書き連ねてみたけれど、与えられる立場のまま上京してしまった私が一人で作れるのは、おかいさんとこんにゃくくらい。

たくあんは叔祖母から、鯖の押し寿司は伯母からの頂き物だし、梅仕事はついついシロップや梅酒ばかりで、梅干しは漬けたこともない。

お茶っぱを摘みには帰るけれど、根気よく揉んだり干したり、最後の仕上げは伯父がしてくれている。
年末の鯖だって、竹串は伯父が削り出し、根気勝負の炭火の番は、いつも兄が黙ってみている。

こんこんと湧き出る井戸水だって、聞こえはいいけれど、定期的に山に登って葉っぱを取らないと詰まってしまう。

季節がめぐれば、梅の木にはたわわに梅の実が、柿の木には柿がなるけれど、食べる人拾う人がいなければ、すべて落ちて腐ってしまう。


田舎の風景はどれも美しく見えるけれど、そこに住んで季節の手仕事をする人があってこそ。
田舎に戻り、荒れた田んぼが増えるのを見るたびに、すごく寂しく、地域が静かに息を引き取りつつあるのを、まざまざと感じる。

手がかかるのはわかっているけれど、自分が食べて育ってきた田舎料理を、その手仕事を、自分の子供には味わってもらいたいなと思ってしまう。

正月には一緒にお餅をつきたい。
かまどで米を蒸して、年代物の臼と杵で、なかなか体力仕事だね、なんて言いながら。山で採ったよもぎも入れて、よもぎ餅も作りたい。

毎年仕込んでいる田舎味噌も。干し柿も。鮎を炙ってそうめんの出汁にするのも。

お茶を煎ったときの、家中が香ばしくなるいい香りも。
井戸を掃除するときの大変さと、綺麗になったときの嬉しさも。
一つ一つの昔ながらの生活の、楽しさ、美味しさ、手触りを、経験してもらいたいなと思う。

近々、まずは手始めに、伯母から鯖寿司の作り方を教えてもらうことになっている。

毎年、少しずつ、経験値をあげていきたい。
せめて自分が死ぬまでは、おかいさん御前を、大切な人にふるまうために。



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