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江國香織でできている

最近朝起きると、夫がパソコンを起動させて、日中、私が彼のAmazon primeで「鬼滅の刃」が見られるようにセットしてくれている。
夫は7時前に出勤するので、私が起きた時にはもちろんいない。

私は寝ぼけ頭で9時くらいに起きて、しんとしたリビングで至れり尽くせりだな、と思う。ぼんやりしながらカフェインレスのコーヒーを淹れて、1日に何本かずつそのアニメを見る。
「鬼滅の刃」がすごく面白いか、みんなに薦めたいか、と言われると微妙なところだけれど、夫がパソコンを立ち上げてくれているのを見ていると、とても幸せな気持ちになる。

これは何かに似ている、と思って、江國香織の小説「きらきらひかる」で、医者でゲイの夫・睦月が、アル中の妻・笑子のために毎朝、音楽を選んで出勤するくだりを思い出した。

「きらきらひかる」は私が大好きな小説だ。江國香織の小説はほとんど全て読んでいる。

中学一年になる春、「新潮文庫」の棚をあいうえお順に見ていき江國香織を初めて知った。
「きらきらひかる」というタイトルにも惹かれたし、背のスモーキーで優しい色も良かった。写真が美人なのも。あの、照れ笑いをして俯いている写真。

初めて読んでから、心を一気に鷲掴みにされた。人生で初めて言葉が通じる人に出会った気がした。彼女の小説を片っ端から買い集めて、みるみるのめり込んだ。

将来はゲイと結婚したいと思ったし、モロゾフのシュークリームのコアントロー味にも、リンツの赤い箱のチョコレートにも憧れた。

アルバイトをするなら眼鏡屋かクリーニング店でと思ったし、左手で字を書く練習もしたし、「離婚とは半分殺しあうこと」なのだ、と漠然と学んだ。

長風呂で本を読むのが好きになったのも、お葬式というもののなかに静謐な温かさを感じるようになったのも、つらいことがあっても「箱のなか」だと思って処理することもできるようになったのも、全部彼女の影響だ。

二十歳を超えて、自分がお酒に弱く、シシリアンキスもロックのウイスキーも、もちろんお酒をお風呂のなかで飲んだときに「血流がジェットコースターみたいになる」のも味わえなさそうだと気づいたときは残念だったけれど、30歳の誕生日には「フィレンツェのドゥオモに登るんだ」とすっかり心に決めていた。
(現実には、結婚して1年弱、夫と毎日のように喧嘩していた頃で、頭から吹っ飛んでしまっていた。いつかイタリアが似合うようなお茶目なおばあさんになって登りたい。必ず。)


とまあ、なんせ江國香織さんがあまりに好きで、大学で上京してきた頃からいつかサイン会に行きたい、会いたい、と思っているのに、いつもタイミングが悪くて申し込めない。
サイン会やイベントには結構出られているのに、あっという間に満席になってしまう。数か月おきに「江國香織 イベント」「江國香織 サイン会」でウェブ検索をかけているのに、どうにも申し込めない。いい申し込み方があれば、どなたか教えて欲しいくらい。
北海道でも、沖縄でもいい。「江國香織のサイン会がある」という理由なら、夫がどんなにひいても、やりすぎだと言われても、どこにでも行ける、ような気持ちでいる。

サイン会で、目の前に先生を目にしたら何て言うだろう。
とにかく、どうか健康に気をつけて、ずっと書き続けて欲しい。
想像しただけで頬は紅潮し、うるうるして、何も言えなくなってしまいそう。それくらい、私の青春は江國香織の小説に支えられていた。

だから、会える日がもしもきたら、きれいにりぼんを掛けた箱入りのチョコレートを持って行きたい。最大級の感謝を込めて。



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