【連載小説】第四部 #10「あっとほーむ ~幸せに続く道~」それぞれの想いを胸に
前回のお話:
19.<めぐ>
雨が降っていること、そしてどうしても確かめたいことがあるのを理由に、現在自宅に居候中のパパに迎えを頼んだ。少し早めに仕事を終えての連絡だったが、パパはすぐに返事をくれ、車で迎えに来てくれた。
「ありがとう、パパ」
「娘の頼み事とあらばいつでも引き受けるさ」
パパはそう言ってすぐに車を走らせ、ハンドルを切りながら話しかけてくる。
「予定より早く終わったの?」
「うん。今日はお客さんが少なかったし、一つ確かめたいこともあって……。そのことを話したら早めに上がっていいよ、って理人さんが」
「確かめたいこと?」
眉をひそめるパパに構わず、間髪を開けずに言う。
「実は、お店の前を掃除してるときに偶然見かけちゃったんだよね。こんな天気にもかかわらず、悠くんがバイクに乗ってどこかに向かうところを。しかも後ろに……ママらしき人を乗せて。……わたしの見間違いならそれでいいの。だけど、もし本当だったら……。ママと一緒ってことはデートとしか思えなくて……」
もちろんバイクは瞬く間にわたしの前を通り過ぎていったし、ヘルメットもかぶっていたから同乗者の顔をはっきり見たわけではない。だけど、可能性としてあり得るのはママしかいないのだ。
パパは悠くんとママが二人きりで会うことをよく思っていない。まなの誕生前、浮気がちな行動を取る二人に「会うときは必ず同席する」と宣言し、百パーセント実行してきたパパだ。一時的とはいえ同居中の悠くんの心情や外出の目的に気づかないはずがない。
このところ鬱ぎがちな彼が気晴らしに外出することはあり得るだろうし、その可能性が高いとは思う。しかし、もしそうだとしたら悠くん一人で行くのでは……? ドライブにあえてママを誘う必要があるのだとすればその目的とは……?
考えれば考えるほどモヤモヤするわたしに対し、パパは普段と変わらない口調で言う。
「めぐは僕らの関係を心配してくれてるのかな? だけど、心配いらないよ。彼らを二人きりにしたのは僕だ。そしてママはちゃんと悠を励ましてくれた。……悠はもう前に進む力を得たよ。めぐが帰宅したらおそらく悠から大切な話があるだろう」
「えっ、どういうこと……?」
「確かに二人はデートしてきたけど、めぐが思っているようなことは起きなかったってこと。時として中年の大人ってのは、昔を懐かしむことで大切なことに気づくものなんだよ」
「……よく、分かんない」
「今は分からないだろうな。だけど、いずれ分かる日が来る」
*
車は程なくして家に着いた。ママらしきレインブーツを確認した直後、靴の持ち主がまなと一緒に玄関先までわたしを出迎えてくれた。
「おかえりなさい。まなちゃんと遊びたくなったから、来ちゃった」
「……悠くんとのデートが目的だったくせに」
「えっ? なんで知ってるのよ? ……もう、アキったら早速しゃべったわね?」
「誤解だってば。文句ならワライバの前を通った悠に言ってよ。その瞬間をめぐに目撃されてるんだからね。ま、ちゃんと訂正しておいたけど」
そこへ悠くんがやってきた。デートしてきた後というだけあって表情は明るい。その悠くんにくっ付いたママはまるで彼が夫であるかのように見上げ、目を合わせた。
「悠、なんでワライバの前を通ったの? めぐに見られちゃったじゃない!」
「なんでって言われても、いい抜け道なんだからしゃーないじゃん。それに彰博の提案で出かけてきたんだから、何もやましいことはないだろ?」
「それが、どうやらめぐには私と悠が恋愛デートしてきたように見えたらしいよ?」
「へぇ……。そんなにいい感じに見えたかな、おれたち。確かに手つなぎデートはしたけどさ」
「はいはい、そこまで」
パパはくっつき合う二人を割くように引き離した。しかしその顔は笑っている。
「お母さんを慕うような気持ちでエリーに寄り添うのは結構だけど、自分が中年の男だってことを忘れないように」
「むっ……。映璃、やっぱり近々二人だけでデートしようぜ。だめか?」
「言ったでしょう? まなちゃんの問題が解決したらって。それまではお預け」
「……ちぇっ、分かったよ。さて、めぐも帰ってきたし、そろそろ話すとしようか」
悠くんはそう言って小さくため息を吐いたが、すぐに立ち直ってわたしたちを居間に集めた。真面目な顔つきになったのをみて、さっき車の中でパパが言っていた「大切な話」が始まるのだ、と直感する。
悠くんはまなを傍らに呼び寄せた。そして一同を見回すと一気に想いを伝える。
「映璃と話して決心がついた。おれはこの夏、沖縄に行く。まなを連れて。そこでちゃんと……今度こそ迷いを断ち切るつもりだ」
まなを除く全員が目を丸くした。最初に疑問を口にしたのは翼くんだ。
「……それって愛菜ちゃんを亡くした海に行く、ってことだよな?」
「ああ」
「だったら俺も行く。俺は泳げないけど、一度行ってみたいと思ってたんだ」
「わたしも行きたい。まなは連れて行ってわたしは置いてく、なんて言わないよね?」
「お前らならきっとそう言うと思ってたよ。ああ、行こう一緒に。沖縄の海へ。……ってことで、彰博には悪いんだけど」
悠くんが言いかけると、パパはすべてを理解したかのように頷いた。
「母のことだろ? 大丈夫、ちゃんと引き受けるよ。エリーも兄貴もいるし」
「ああ、よろしく頼むぜ。……オバア。おれたち、夏の間何日か家を空けようと思ってます。お土産も持って帰りますので、それまでどうか元気でいてください」
「わたしのことは何も気にしなくていいのよ。若い人はまだまだ人生長いんですもの。悩みがあるならちゃんと解決して、みんなで楽しく生きてちょうだい」
「はい」
返事をした悠くんは祖母の前で膝をつき、目を見てその手を握った。二人は無言ながらも通じ合っているかのように何度も何度もうなずき合った。
その様子を、まながじっと見つめている。まるでこれから起きることすべてを見通しているかのように。
(この子はいったい何を思っているのかしら……?)
疑問を抱きながら凝視していると、ママがそばにやってきて言う。
「……実はめぐが仕事に行っている間、四人で話し合ったのよ。だからまなちゃんも自分がこの夏どこへ行くのか、そしてそこで何が起きるのか、ちゃんと分かってると思うよ」
「四人」とはママたち中年組と、まなのことだろう。それを聞いて、ママが訪ねてきたのは単に悠くんを励ますためではなく、まなに大人の話を聞かせる目的もあったのだと知る。
「ありがとう、ママ。いろいろと気を遣ってくれて。……さっきは勘ぐったりしてごめんなさい」
「私はただ、大好きな人たちの笑顔が見たいだけよ。それと、悠に関して言えば下を向いた顔より、堂々と胸を張ってる時の方が格好いいからね」
「それは言えてる! ……って、やっぱりママは今でも悠くんのこと……?」
ほんのり匂う香水に気づき二人を交互に指さす。しかしママも悠くんも顔を見合わせて微笑んだだけだった。
20.<翼>
梅雨の間は毎日のように降っていた雨も、明けてからはまったく降らなくなった。代わりに肌を焼く日差しがさんさんと降り注いでいる。そんななか南国に行ったら真っ黒に焼けちゃうんじゃないかと心配にもなるが、悠斗曰く、都市部と沖縄とでは暑さがまったく違うのだという。
七月下旬。休みを合わせた俺たちは明日、真夏の沖縄へ飛ぶ。荷造りはすでに終えている。あとは飛行機に乗るだけだ。もちろん、まなを連れての初旅行なので不安はゼロではない。だけど、これはまなのための旅でもあるし、きっと本人だって分かっているはず。あとは問題なく現地に到着できることを祈るばかりだ。
仕事を終えて帰宅し、夕食を終えるころになってようやく太陽が沈んだ。それを待っていた悠斗とめぐちゃんは「夕涼みしてくる」と言ってまなと散歩に出かけていった。
その間に俺はアキ兄と夕食の後片付けをする。アキ兄がこの家にやってきてからというもの、二人で台所に立つのが日課になっている。俺はこの時間が好きだ。と言うのも、たいていは何かしら秘密の話ができるからだ。楽しい話題じゃないことが多いけど、アキ兄の頭の中の話は深く、聞くたびに新しい発見がある。
今日も「これからする話は……」と言う前置きから始まる。俺はどんな内容でも聞けるようにと身構える。
「……時が満ちるまで、悠とめぐには話さないで欲しい」
続く言葉を聞いて、それが祖母に関することだとすぐに察した。俺が小さく頷くと、アキ兄は再び口を開く。
「……気づいているかもしれないけど、おばあちゃんの食欲はかなり落ちてる。実際、医者の診断結果もよくない」
「やっぱり……そうなんだ……」
夏の暑さも影響してか、祖母の体調は日に日に悪化している。悠斗が沖縄に行くと宣言した一ヶ月前までは元気にお喋りしていたのに、今ではそれも難しいくらいに元気を失っている状態だ。
「なら、旅行は延期した方がいいのかな……」
「いや、すべての物事は最適なタイミングで訪れる。だから君たちは、まなちゃんと向き合う今回の好機を逃しちゃだめだ」
「でも……」
「翼くん」
アキ兄は洗い物をする手を止め俺に向き直る。俺も作業をやめて正対する。
「実は君たちの留守中、兄貴にも……君のお父さんにも来てもらうことになってる。おじいちゃんの時もそうだったけど、兄貴はやっぱり最期を見届けたいって気持ちが強くてね……。場合によっては君たちの帰宅後もしばらく滞在することになるかもしれないけど、それほど長引くことはないだろうと思ってる」
「つまり、親子だけで最期の時間を過ごしたい、と……?」
「そういうこと。……君の家で僕ら兄弟が厄介になるなんて申し訳ないなぁと思うけど、母さんがこの家と孫たちを気に入ってる以上は仕方ないよね」
「俺は、ばあちゃんと楽しい時間を過ごせたことは人生の宝物だと思ってるよ。めぐちゃんも悠斗もきっと同じ思い。だけどやっぱり最期は息子であるアキ兄たちが一緒にいるべきだと思う。ばあちゃんだってそれを望んでいるはずだよ」
「ありがとう……」
アキ兄はそう言うと祖母が眠っている部屋に目をやった。
「まったく、母さんが羨ましいよ。最晩年を優しくて理解ある孫たちに囲まれて過ごせた上に、最後の最後には僕たち息子といられるんだから。おまけに伴侶の迎え付きと来てる。……僕もそういう後半生を生きたいものだ」
「出来るよ、アキ兄にだって。なんせ義理の息子は俺だし、めぐちゃんはパパッ子だし、まなもじいじが大好きなんだぜ?」
「うん、そうだね。君が義理の息子ってのは本当に有り難いよ。……悠には悪いけど、こうして実際に暮らしてみると、翼くんとの生活力の違いを嫌でも感じちゃうよね」
「まぁ……。悠斗は基本、テキトーだからな……。やっぱ、結婚には向いてないと思ってる」
「うん。深い愛情があればいい、って訳じゃないことを今更ながらに実感してるよ。だから頼りにしてるよ、翼くん。まなちゃんのことも、悠のこともよろしく頼む」
「任せといて。その代わり、ばあちゃんのことはアキ兄に任せたから」
「了解。万が一のことがあったら、そのときは真っ先に君に連絡を入れるよ。ただし、こっちに戻ってくるのは君たちがミッションを完遂した時だ」
「……うん」
念を押され、自分が託された任務の重さと託した想いの強さを改めて感じる。アキ兄にはここまで俺を見守り、「野上翼」の人格を一つにするための助言をくれた恩義がある。その恩義に報いるため、そしてまなやめぐちゃんのためにも、俺はこの旅で最低でも一回りは成長しなければならない。
肩に力が入った俺を見てか、アキ兄は優しく微笑む。
「そんなに思い詰めなくても大丈夫。君は君の優しさを発揮するだけでいい」
「優しさ……?」
「そう。優しさを含んだ君の言葉は強いよ。それに影響されて生き方を変えた人間を僕は何人もみてきた。だから自信を持って」
「……だけど、それは俺に限った話じゃないよ。俺だってアキ兄や悠斗の言葉には何度もハッとさせられてきた」
「僕や悠の言葉は経験から出たものだ。気づきは与えられても、誰かの人生を変えるほどの力は持ってないよ」
「そうかなぁ?」
「そうさ。君は自分の弱さを自覚してる。だから、同じように弱さを持つ人を見ると放っておけない。それが君の優しさであり、強さだ」
「そうはっきり言われちゃうと照れるなぁ……。ま、旅中もいつもの俺でいればいいってことだな?」
「そういうこと。もっとも、何か問題が発生したって元演劇部の君ならめぐや悠の前でも気丈に振る舞うことは可能だろ?」
「ああ、演じるのはお手のものさ」
背筋を伸ばし胸を叩くと、アキ兄は満足そうに頷いた。
「旅の無事を祈っているよ。気をつけて行ってらっしゃい」
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