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【連載小説】「好きが言えない 2」#26 野上・大津バッテリー

 母は今日の試合のために休みを取ったという。俺たちより早く起き、俺たちよりそわそわしている。

 県営大宮球場で行われる第1試合。俺たちにとっては四回戦目となる試合だ。ここで勝てばベスト8入りできる。緊張するのは毎度のことだけど、対戦校にどんな奴らがいるのか考えただけで俺はわくわくしてしまう。

「S高のレギュラーには今年入ったばかりの一年生エースがいるって話だ。打つ方の素質もあるらしいな」
「相手が誰であれ、うちは全員ベストコンディションで臨むんだ、何も心配はしていないさ」
「とはいえ、ほんとに大津に捕らせるの?」
「彼にだって十分素質はある。次の世代を育てるのも大切なことじゃないか?」

 永江の意外な台詞に驚く。永江は続けて、

「たとえ打たれたとしても、二塁には君がいるだろう?」
 と言った。思わず笑う。
「おう。二塁に俺がいる限り、外野にボールは運ばせない」


 午前九時。我がK高とS高の第1試合は雲一つない晴天のもと、スタートする。

 永江の指示通り先発投手は野上、捕手は大津のバッテリーが起用された。二人は初めてそれぞれのポジションで公式戦に出られるとあって、喜びと不安の表情を見せている。

「大丈夫。君たちなら最高のプレイが出来る」
 緊張する二人に、永江がそう声をかけた。肩を叩かれ、二人は力強くうなずく。9人が一斉にグラウンドに飛び出し、それぞれの守備位置につく。
「締まっていこうぜ!」

 ベンチに残る永江の代わりに副部長の俺が内外野陣を鼓舞する。
「おう!」
 自信に満ちあふれた声が返ってくる。よし、これならいけそうだ。プレイボールのかけ声とともに試合ははじまった。


 野上の立ち上がりは思った以上に良かった。これまでの永江のアドバイスや励ましが彼の自信に繋がっている、そう感じられるピッチングだった。
 その自信をなくさせないために、俺も二塁手として必死に球を追う。絶対に進塁させない。守備範囲に飛んできた球は全身で飛び込んででも捕って一塁に返した。

 毎回ランナーを背負いながらも、野上と大津のバッテリーは五回まで零点に抑え込んでいる。それはいい。だが相手チームにも同様に抑え込まれている。点が取れないのは四番のせい。そう思われないためにも、そろそろヒット一本くらいは打ちたいところだ。

 普段は永江が四番を打っている。ところがやつが引っ込んだことで打順が変わった。ほかにも長打者はいるはずだが、
「四番を任せられるのは水沢しかいない。この試合、僕の代わりにきっちり仕事してくれないか」
 と、俺を指名したのだ。

「きっちりだなんて、プレッシャーかけてくれるなぁ」
「四番だからって気負う必要はないさ。いつもの君らしく、内野安打でも何でも、とにかく塁に出られればそれでいい」
「そうかぁ? それなら出来るだろうけど」
「打線が繋がることが大事だ。ホームランを打って得点すればいいってもんじゃない。分かってるだろう?」
「まぁな」
「じゃあ頼むよ」
 昨日、そんな会話をしたのを思い出す。

 内野安打、内野安打……。
 心の中で唱えながら狙いを定める。ピッチャーのここまでの投球を見て、どんな球を投げるかなんとなく見当がついてきている。タイミングさえ合えば打てるはずだ。

 狙い球が来るまでファウルで粘る。相手投手も抑え込もうとしているのが分かる。フルカウント。次で、決める……!

 ピッチャーが投げる。外角ストレート。バットを思いきり振る。
 芯で捉えた感覚。その瞬間にバットを放り、全力で一塁を目指す。球はレフト方向に飛び、三塁手の頭を越えて落ちる。よし、ひとまず四番の仕事はしたぞ。永江に見せつけるように右手の拳を突き上げる。

 続く五番も、俺のヒットで奮起したのかツーベースヒット、六番もセンター前にヒットを打ち、K高が先制点を取ることに成功した。

 得点を挙げてベンチに戻ると大歓迎を受けた。冷静沈着な監督でさえ笑顔で迎えてくれた。

「さすがは四番。よく粘った」
「ありがとうございます」
 そういった脇から永江に背中を叩かれる。

「君の本気を見せてもらったよ」
「なーに。まだまだ。浮かれるのは早いぜ?」
「ああ」

 俺の言葉に永江はさっと表情を引き締める。
「一点取ったことでみんなの気が緩んでいる。これではすぐに取り返されてしまう」
「気合いを入れ直さねぇとな。よし、みんな。一点取った勢いで守りもきっちり頼むぜ!」
 俺はそう言ったが、みんなはまだ「一点」の余韻に浸っているように見えた。

   *

 反撃はすぐに始まった。どうやら相手チームは力を温存していたらしい。メンバー構成を変えてきたのだ。その途端、打線が一気に爆発。これまでにはなかった熱量でまったく抑え込めなくなった。

 ノーアウトのまま同点のランナーが戻ってくる。順調に投げていた野上クンに焦りが見え、大津クンもどうリードしていいか分からない様子だった。
「永江。交代しろ」
 一点取られた直後、監督はそう言った。
「本郷もだ。野上と代わってやれ」
「はい!」
 本郷クンは待ってましたとばかりに腕を回し、キャップを深くかぶり直した。僕もミットを持ち、グラウンドに向かう。

「やる気満々だね、本郷クン」
「そりゃあそうですよ。詩乃の前でいい格好できるチャンスがめぐってきたんですから」

 彼は恥ずかしげもなく言ってのけた。
 やはり春山クンが、彼に勇気と強さを与えている。そう感じずにはいられなかった。
 彼女との強いつながりが彼を支えている。だからこそ彼は今、これほどまでの自信を持ってマウンドに向かおうとしているのだ。

「覚えているかい? ノーアウト満塁の状況下で強打者を迎えたときこそピッチャーの真価が発揮されると言ったことを」

 一年前、春山クンをチームに呼び戻してもらう際、彼に言い放った言葉だ。本郷クンはうなずく。

「冷静に、かつ頭を使えってことでしたよね? おれ、今ならどんな打者でも打ち取れるって気持ちなんです。だって部長もいるし、詩乃も見てくれてるし、スタンドにだって応援してくれる人がいっぱいいる。だからすごく守られてる感じがして、すごく落ち着いてるんです。負ける気なんて、しないですよ」

 彼は誰よりも「自分自身」を信じている、と感じた。今度は僕がうなずく。
「そうだな。君と僕ならどんなピンチも乗り越えられる。この回は必ず一点で抑えよう」
「はい!」

 彼をマウンドに送る。自然と、引き上げてくる大津クン、野上クンと目が合った。

「五回まで無失点でよく頑張った。後は僕たちに任せろ」
「はい……」
「君たちの役目はまだ終わっていないよ。声援で後押しを頼む。特に野上クンの大きな声は外野まで響く。しっかり守備隊を鼓舞してくれよ」

 うつむく二人に新たな役目を与える。落ち込んだ気持ちをチーム内に蔓延させてはならない。
「はい!」
 二人は顔を見合わせ、大きな声で返事をした。

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