散文【後悔しないために】
ぼくは今、死役所にいる。
死役所とは死んだ人が天国に入るための準備をしたり、生まれ変わるための手続きをする場所だ。
ぼくは前世で批判や愚痴ばかり言って生きていた。
頭の回転は速かったが、そのことが災いしたのか自分ではあまり行動しない口ばかり達者な人間だった。
その結果、最後に残ったのは後悔ばかり。
そんなぼくにも再び生まれ変わるチャンスがやってきた。
まずは手続きだ。
最初に人生のテーマを決める。
それから生まれる国、親、知性や体力などの能力値、容姿、経験したいことなどを選択し手続きを進めていく。
ぼくは前世で頭が良かったせいもあってか、リスクばかり考えてしまっていた。
そのせいで新しいことに挑戦するのをためらったり、行動が遅かったりして後悔したので、今回のテーマは挑戦と決めていた。
それを聞いた輪廻転生アドバイザーのお姉さんが、「それならバカがお勧めですよ」と言った。
バカはリスクを見積もれない。リスクを考えないぶん行動量が多く、無駄や失敗は増えるが、長い目で見ればそれらも人生に生きてくるとお姉さんは語った。
一見短所と思えることも、見方によっては長所になりえるのだと、ぼくは納得した。
しかし無鉄砲な生き方は時間をかなり無駄にしそうな気もする。
ぼくがあれこれ考えているうちに、後方から怒声が飛んできた。
「ちょっと!! いつまで悩んでんのよ!! みんな来る前に決めてきてるのよ!! あんたのせいで行列になってるじゃない!!」
振り返ると前世で近所の八百屋をしていたおばちゃんだった。
おばちゃんはぼくにウインクした。
怒っているのではなく応援しているらしい。
小さい頃、お金がないぼくにポケットに入っていた葉っぱとアイスを交換してくれたおばちゃんだ。
ぼくはおばちゃんに背中を押されながら、思いきってバカに生まれ変わることにした。
それから数十年後。
行動の方向性を間違えたり、ずる賢く心の汚い人間に騙されたりしながら、ようやく薄っすらと見えてきた目指すべき場所。
さあ、残りの時間は無駄にできない。
最後に後悔しないために、今ぼくは自分の人生を歩いている。
終
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