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ショートショート【風をまとう男】

ぼくの職場では悪口や陰口が当たり前のように吹き荒れている。

他人のあら探しで盛り上がったって誰も得をしないというのに。

そんな環境のせいか、人手不足だというのに短期間でやめていく人が多い。

繊細な若者は、この空気の中で適応し、息をするのも苦しいのだろう。


大人しいぼくは、そんな中でできるだけ小さくなりながら無難に仕事をこなしてきた。

ぼくは決して頭の回転の速い方ではないし、人付き合いが得意というわけでもないのだ。




ある日、仕事のミスが多いことが原因で風あたりの強くなっている若者が辞めると噂になった。

ベテランの人たちが、またぼくの聞こえる所でその子の陰口を言っている。



ぼくの心の中にある持論は、仕事で活躍できるかどうかは、その人に合った環境で努力しているかということだ。

非力な魔法使いが戦士の振るう重たい剣で戦っていては活躍なんてできない。

その人が使うから威力を発揮する武器を選ばなくてはいけない。


しかし合っていようがなかろうが、一緒に働く仲間ならお互いの欠点に注目するのではなく、相手の長所から学ぶ姿勢が大切だ。

失敗したからと相手の人格を否定するかのように責めるのは問題外である。

心の中ではそう呟いている。




辞めると噂になった若者とは別に、誰の目から見てもそれなりに仕事をこなし、周りとも馴染んでいた中堅社員の一人が今週いっぱいで辞めると上司に話していた。

そういえば三ヶ月くらい前にも上司に辞めると言っていた。

人が減れば補充しないといけない。新しく入った人に必要最低限の動きを身に付けさせるのに三ヶ月はかかる。

考え直せと言う上司たちに、その人はキッパリとこう言った。

「三ヶ月は待ちました。それで次の人間を育てられなかったのは会社の責任です。お世話になりました」

その人は翌週から居なくなり、陰で悪口を言われていた若者も辞めていった。

それが合図だったかのように更に数人が辞めていった。

その中には優秀な中堅社員も含まれていた。

気がつけば現場は人手不足で完全に回らなくなり、後から聞いた話によると僕が居た職場は閉鎖され、最後まで残った悪口の好きな人たちも解雇された。


ぼくはといえば、優秀な中堅社員が辞めるときに一緒に辞めた。

その人が辞める前にぼくにこっそりとこう言った。

「ベテランの中で最初に辞めた人がおるやろ? 彼が風を起こしたんだよ。みんな本当は環境を変えたかったのさ。昔から居る悪口好きな連中以外はね。でもきっかけが必要だった。俺は彼の起こした風に乗る。君も乗ればいい。不安かもしれないけど今より環境が悪くなることはそうそうないよ」


環境を変えるため先頭を切って辞めていった人は自分の風を持っていた。

風に流されるのではなく自分で風を起こしたんだ。

ぼくは決めた。

自分の風をまとう!





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