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SS【音無恭一】

音無恭一(おとなしきょういち)は今年二十歳。


恭一は生まれついて特殊能力を持っていた。


周囲にいる人の声が、頭の中で、ものすごい速さで次々と再生されるのだ。


処理速度も計り知れない。


小さな村くらいなら、村人すべての会話をリアルタイムに把握することができる。


膨大な情報の中で、自分の役に立ちそうなものだけをインプットして、要らない情報は次から次へと捨てていく。


捨てた情報は頭の中にある情報のゴミ箱に入り、時間の経過とともに古いものから消去される。




恭一は寝ている時以外は、その特殊能力に苦しめられ続けてきた。


世の中には知らない方がいいネガティブな情報がごまんとあるからだ。


捨てても捨てても知りたくもない情報が入ってくる。


ついさっきまで自分と仲良く話していた仲間が、他の奴らと自分の悪口を言っているなんてのは可愛い方で、時には事件を起こす前の犯罪者たちの密談を耳にすることもあった。


恭一は人間の闇の部分を知りすぎたせいで、人と目を合わせることもせず、いつしかほとんど喋らなくなってしまった。



そんな人間不信になった恭一に転機が訪れる。


ある日、行きつけのよろずやに強盗に入ろうとする輩の会話が聞こえてきた。


どうやら強盗は三人組。

強盗たちはよろずやには老夫婦しかおらず、朝はお婆さんが店番をし、耳が遠く脚の悪いお爺さんは店の奥にある住居から出てこないことを知っているらしい。


強盗たちの会話によると、お婆さんが開店の準備で店のシャッターを開けた時に素早くなだれ込んでシャッターを閉める。


そして一人はお婆さんを縛り目隠ししてからレジの金を奪い、残りの二人が奥へ侵入。お爺さんを縛り目隠しして金庫を破り、他の金品も奪って裏口から逃げるつもりらしい。


開店前から人が待っていることはほとんどない。

朝ということもあり、レジにはたいした金額はなく、強盗たちの狙いは住居にあると思われる金庫。



ただ強盗たちは大きな誤算をしていた。


夏休みということもあり、孫娘が泊まりに来ていたのだ。


まだ小学生なのに店の手伝いもする働き者で、無口で無愛想な恭一が店を訪れても、可愛い笑顔で挨拶してくれる。



強盗たちの計画と、孫娘の危機を知った時、恭一の中で何かが弾けた。



当日の朝、よろずやのシャッターが開くことはなかった。


恭一はいつもお婆さんがシャッターを開く三十分前くらいに、よろずやへ電話をかけていた。

強盗らしき奴らが店を開けた瞬間を狙っているから絶対にシャッターを開けないでと伝えていたのだ。


強盗たちはシャッターの前に車を止めて、今か今かと待ち構えている。


恭一がコツコツと運転席の窓をノックすると、目つきの悪い不精ヒゲを生やした男が「何?」と言った。

人が来ると思っていなかったのか、少し動揺しているようにも見える。

今から目出し帽でもかぶろうとしていたのかもしれない。


恭一は穏やかな表情で、「開店待ちですか? ここの店、昨日で閉店しましたよ。私は片付けの手伝いで来たんですけど、ちょっと早かったかな? みんなまだ来てないみたいだし」


恭一はそう言うとシャッターの前で座り込んで缶コーヒーを飲み始めた。


運転席の男は舌打ちしてから勢いよく車を発進させ出ていった。




普段は無口で無愛想だけど、やる時はやる男、音無恭一の目に久しぶりの光が灯った。



超人、音無恭一の物語は、今、幕を開けたばかりだ。



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