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SS【千円カット】678文字
ぼくはできたばかりの千円カットの店へとやってきた。
看板にはカット専門店と書かれている。
ガラス張りの店内を覗くと、ソファーで雑誌を読みながら順番待ちする数人のお客さんの姿が見える。
店員は三人で、入口の扉には所要時間十分と書かれている。
さっそくぼくも待つことにした。
少ししてぼくは違和感を覚えた。
前方には背もたれ付きのイスに深々と座った客と、その斜め向かいに、同じく背もたれ付きのイスに座った店員。
手にハサミは持っておらず、床には髪の毛が落ちていない。
次の客が待っているというのに、カットもせずに何やら語り合っているようだ。
ぼくは客と店員の話に聞き耳を立てた。
「詐欺なんて他人事だと思ってましたよ。私には関係ないってね」
「犯人の特定に時間とお金がかかったのは痛かったですね。この国の法律は本当に被害者に優しくない」
「ええ、高い授業料でしたよ。ただね、悪いことばかりでもありませんでした。同じ被害に遭った人たちと知り合う機会に恵まれましたし、その時知り合った男性と今付き合っているんですよ」
「なんだ、いいじゃないですか!! 終わり良ければってやつですね。あ、そろそろ時間です」
「はい、ありがとうございました。聞いてもらえたお陰でスッキリしました」
ぼくはお金を支払い出ていく客と一緒に店の外に出た。
そしてもう一度、注意深く看板を読んでみた。
カット専門店と書かれた下に小さくこう書かれている。
「忘れたいあなたの過去をカットします」
そう、ここは髪ではなく、忘れたい過去に区切りをつけるための店だった。
ぼくは思った。
間違ってこの店に入ってしまった過去をカットしたいと。
終
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