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SS【猫の説法】


眠そうな顔をしたボサボサ頭の青年は、今日も生活費を稼ぐために仕事へ出かける。

途中のコンビニで熱々の肉まんを一個買って、それを頬張りながら歩く。

神社の裏を通り過ぎると軒下からいつもの三毛猫が顔を出した。

青年は立ち止まり、そろそろと近づいてくる三毛猫の前に、肉まんを少しだけちぎって置いた。


食べ終わるのを見とどけた青年は、ボソッと一言「行ってくる」と言い、ふたたび歩き出す。


仕事のない日は、散歩がてら徒歩三十分ほどかかる神社へ出かける。

月一くらいのペースで買っている宝くじの高額当選を願っているのだ。

しかし交通事故で死ぬ確率の方が高いくらいなので当たるわけもない。


青年はファストフード店で働きながらボロアパートで一人暮らししている。

いつも仕事から帰ってくると、テレビから流れてくる暗いニュースを観ながら暗い顔をしてため息をつく。

ネガティブな情報の方が視聴率が上がることもあってか、そんな情報ばかりが世の中を駆けめぐる。

それらはまるで、世界は憎悪と悲しみに支配されているかのような感覚さえ創り出している。

ネットにつなげば、問題を起こして芸能界を去った女の復帰会見や、お騒がせ議員が久しぶりに議会に顔を出したと思ったら、全身を高級ブランドでかためていたとか。そんな何の役にも立たない情報が青年の時間をうばっている。

そしてたまに神社に行っては、あれが欲しい、世の中がもっと良くなってほしいなどと神様にお願いをしていた。


ある日、青年は夢を見た。

いつも通りコンビニに寄って朝食の肉まんを買ってから職場に向かう。

眠そうで、どこか不満そうな顔。


神社の裏までくると、いつもの三毛猫がそろそろと近寄ってくる。

肉まんをちぎり猫の前に置くと、食べるのを見とどけた。

ボソッと一言「行ってくる」と言うと、とつぜん返事が返ってきた。


「まてよ! いつも肉まんありがとな」

青年はおどろいてのけぞり、二、三歩退いてから猫を見た。


猫は話を続けた。

「君はさ、他人の問題に踏みこみすぎなんだよ」

「他人の問題?」

「芸能人が裏で悪さしてようが、ブランド物を身にまとっていようが、君には関係ない。そのことで君のエネルギーと時間を浪費することはないんだよ」

「まあ、それはそうだけど」

「課題の分離って知ってるかい?」

「課題の分離? いや、知らない」

「他人を見て、なんであんなことするんだろう? とか思うことあるだろ?」

「あ、ああ」

「でもそれは君ではなく本人が向き合わなければいけない課題だ。それはわかるよな?」

「ああ」

「他人を変えるのは難しい。基本的に変えれないと思っていた方がいいくらいだ。だから他人の課題は切り捨てていい」

「まあ、確かに人を変えるのは難しいよね」

「他人の課題に踏み込もうとするとトラブルが起こるんだ。あるいは時間を浪費する。本当に向き合わなければいけないのは君自身さ」

「・・・・・・」

「他人は変えられないし他人に期待するのはやめな。君自身なら変えられる。君の考え方、君の受けとりかた、君の行動。もっと言えば君が変わっていくことで周りに良い影響を与えることもできる」


青年はそこで目が覚めた。

その日以来、神社に三毛猫が姿を見せることはなかった。


青年は宝くじを買うのをやめ、その分のお金で本を買うようになった。

ときどき図書館にも行くようになり、人やものの見方がほんの少しずつ変わり始めた。


それから数年後。

青年は自分の本を出版していた。

青年は今でも神社に行く。

あの時の三毛猫に感謝を伝えるために。






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