見出し画像

ショートショート【弔い合戦】

男がそのアパートの一室に引っ越してくる前、わずか一年の間に入居者が四人も入れ替わっていた。

かなり古い二階建てで、コンクリートの壁をよく見ると、あちらこちらに無数のヒビが見受けられる。

男が借りたのは一階端の部屋で、ベランダから見える隣の公園の草木がベランダの柵より高く、まるで密林のように生い茂っている。草木はベランダから数メートル先にあるブランコやベンチ、そして公園内に伸びるクネクネと曲がった道のほとんどを隠していた。

大家の話では近いうちに綺麗サッパリと除草されるらしい。


部屋はお世辞でも広いとは言えなかったが、新しい職場まで歩いて十分で行けるし、何より家賃が安い。

男が入った隣りの部屋も、さらにその隣も空き部屋で、不動産屋の話では県外からの短期で入る人が多く、比較的出入りが激しいそうだ。


男はそんな話を真に受けたわけでもなく、何か不穏なものを感じとっていた。

だが、もし迷惑な住人でも居るというなら、その時はその時と悪い風には考えなかった。

「スーパーへ歩いて行くには少し遠い。困るとしてもその程度さ」と。


引っ越してきて最初の夜、男はかなり疲れていたのか、まぶたを閉じるとすぐに眠りに落ちた。

翌朝目覚めてカーテンを開けようとした時、男は昨日寝る前に締めきったはずのカーテンが三十センチほど開いていることに気づいた。

ベランダへ出る掃き出し窓は施錠されている。玄関の扉も確認したが問題ない。

男は少し首をかしげて周囲をゆっくり見渡したあと座椅子に座った。

脚を折りたためる丸いローテーブルの上にあるノートパソコンを開くと、ボーーンっと音がしたあと起動し始めた。

立ち上がる前のまだ暗い画面に一瞬、白い人影のようなものが映りこんだので、男はハッとして後ろを振り返ったが誰も居ない。


「そういうことか・・・・・・」


男はボソッと呟いたあと、しばらくパソコンでSNSやニュースをチェックしてから出勤した。


夕方になり帰宅した男のところに大家から電話がかかってきた。

最近アパート隣りの公園で不審者がよく目撃されるという。

その不審者がアパートの方を見てることがあるから施錠を忘れずにとのことだった。

男が電話を切ると、まるでそれに反応したかのようにテーブルの上に置いてある中身の入ったペットボトルが倒れて床に転がった。

ペットボトルは意思でもあるかのように転がり続け、壁にぶつかって止まった。

男は何事も無かったようにペットボトルを拾い、蓋を開けて飲み始めた。


「うん、このコーヒーはうまい!」


夜になり、男は部屋の電気を消してから掃き出し窓の鍵を開け、カーテンを閉めた。ベランダのすぐ向こうに黒い気配を感じながら・・・」


部屋の電気を消してから三十分ほど経った頃、ベランダの掃き出し窓がかすかに動いた。

満月の明かりがカーテンに何者かの影を映し出す。

窓はさらに動き、三十センチくらい開いた所でカーテンが揺れ始める。

その時、テーブルの上に置いてあった空のペットボトルが、勢いよくベランダからの侵入者の方へ飛んだ。

侵入者は自分の胸に当たった物に驚き、思わず「うおっ」と声を上げた。

鋭い目つきとほどよく引き締まった若い男で、手には鋭利なナイフを握っている。

侵入者は自分に飛んできたものを理解し、投げた者を探している。


侵入者は床に敷かれた布団の前に立ち、盛り上がった掛け布団を勢いよくめくった。

侵入者が布団の中に誰も居ないことを認識したかどうかのタイミングで、男が勢いよく飛び出し、侵入者の持つナイフを蹴り飛ばした。

ナイフは壁に突き刺さり、侵入者が身構えるより先に男の拳が侵入者の喉を突いた。

息ができなくなって苦しむ侵入者の腹部に、まるで武人が槍で突くような鋭い前蹴りが命中した。

侵入者は床に倒れ、身動きもできない。

男は侵入者の手足を無数の結束バンドで縛ってから通報した。



男が後になって大家から聞いた話によると、以前この部屋に泥棒が入り、部屋の住人だった女性を暴行し金品を奪っていった事件があったらしい。犯人は捕まらず、警察の厳しい取り調べにより、今回の侵入者がその事件も自分がやったと白状した。

女性はその時のケガで命を落とし、この部屋はそのあと入居者が決まったが、女性の霊とポルターガイスト現象が頻繁に目撃されて、住人はことごとく去っていったのだ。



けっきょく男は去らずに残ることにした。

それからしばらくして、部屋でポルターガイスト現象が起こることも女性の霊が姿を現すこともなくなった。











この記事が参加している募集

#私の作品紹介

97,791件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?