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SS【職業訓練】

厳しい冬を前に木々が色づき始めるそんな季節。

不況のあおりを受けて職を失った貧相で小柄な男が職業安定所へとやってきた。

男は蓄えもそろそろ底をつきそうで、住み込みでできる仕事を探していた。

希望の条件なんてあって無いようなものだ。

しかし男にも選ぶ権利はある。


男は失業保険をもらいながら職業安定所に通い続けた。

そんなある日、そんな男を見兼ねたのか、すでに定年を超えていそうな職員が耳元でこうささやいた。

「特殊な職業というのは興味ないですか?」

「特殊とは? 危険をともなう、あるいは人が嫌がるということですか?」

「どんな職業でも危険はありますよ。ただその職業につこうとする人は、訓練生の段階で十中八九いなくなります」

「先に厳しい職業訓練が必要なのですね」

「ええ、大きな声では言えませんが私が紹介できる裏の職業がありまして、訓練期間は十年」

「ええ!! そんなに?」

「訓練はたいへん厳しいですが、住み込みですしお金も少しもらえます」

「ちなみにそれはどんな職業ですか?」

「私は今まで数え切れないくらいの人に仕事を紹介してきましたけど、この仕事を紹介したのは素質のありそうな選び抜いた三十人ほどです。で、全員訓練の段階で離脱しました」


職員はよく見ると、小柄ではあるが無駄のない引きしまった身体をしている。

職員はメモ用紙を一枚ちぎり、そこに鉛筆で何かを書いてよこした。

その手は人というより猛禽類のように野生的で屈強そうに見える。

メモ用紙に書かれた職業を見て、男は言葉を失った。


忍者。

そこにはたしかにそう書かれていた。


職員はメモ用紙を細かくちぎるとゴミ箱へ捨てた。

「もちろん挑戦するかどうかは自由です。ただ挑戦する気がないなら、今のやりとりは忘れてください」

「職についてからの具体的な仕事内容を教えてください」

「要人の警護や特殊部隊でも突入できないような場所へ単身での侵入」

「あの・・・・・・特殊部隊でも突入できない場所へどうやって単身で?」


職員は窓際に座る事務の女の子に声をかけた。

「あけみちゃん、空気の入れ替えしたいから横の窓半分ほど開けてくれる」

「は〜い。ほかの窓もですか?」

「そこだけでいいよ」


職員は男の方を見て言った。

「隣のビルの屋上でタバコを吸っている人が見えますか?」

「ええ、それがどうかしたんですか?」

「あの人をよく見ててください」

「はあ」

すると男がまばたきした瞬間に、職員はいましがた女の子が開けた五メートル先の窓枠に足をかけていた。

そして隣の十階はあるビルの、下から屋上にかけて影のようなものが高速で跳ねるように走るのを男は見た。

職員が男の前に戻ってくるまで、わずか五秒ほどしか経っていない。

職員の手には火の消えたタバコ。

ビルの屋上にいたオジサンはタバコを見失って戸惑っている。


男の目には久しぶりに光が戻っていた。

「やります。お願いします!」


それから十数年後。

総理官邸が武装した三十人ものアジア系外国人テロリストに襲撃された。

よく訓練された統率のとれた手練で、目的のためなら自爆をもためらわない危険な連中だった。

しかし多くの死傷者が出たにもかかわらず首相は無傷だった。

それは厳重な警備体制や隠し部屋のおかげでもなく、官邸には似合わぬ小柄で貧相なたった一人の男の力によるものだったことは、ずっと後になってから世間に知れ渡った。


当時、拘束されたテロリストの一人はこう証言している。

「総理官邸には忍者が住んでいる」






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