見出し画像

幼き者を残していくということ

近しい人が離婚し、二人の子どもを残して行くと聞いた。いろんな想いが巡る。ここ数年家族ぐるみで毎年遊んでいたから、あの家族と、あのメンバーではもう遊べないってことか、が1番先に浮かんできた。出て行く決断をした彼女の気持ちに想いを馳せる。そして旦那の気持ち…子ども達の気持ち…。小さい下の子より10歳の子を想う。頑張り屋さんのあの子だもん、これから、頑張って頑張って行くんだろう。妹のお世話もするんだろう。さみしい気持ちもいっぱい味わうんだろう。そして、その体験があるからこその人生を織り上げていくんだ。人生に失敗なんでないって知ってるから、可哀想とは言わない。ただ、その子に、ママが居なくなるのは絶対にあなたのせいではないよって伝えてあげたいって思う。

出て行く人より、その場に残る方がさみしさがぐっとくるよね。旅立ちでも、別れでも。そんなこと思っていたら、こんなコトバが降りてきた。

カタチを変えただけよ            何も失ってないでしょう?

…本当だ。彼女はあの家で母として妻としての役を降りるだけ。別の場所で生きていく。家族の形は変わるけど、みんな生きて、この時代にいる。そっか、家族のカタチが変わっただけ。。。

昨夜、たまたま地球交響曲第3番を見た。

星野道夫氏の死を中心に、いろんな人の死生観、人生観が語られていく。死は残念なことと誰も捉えていない。待望の子どもが産まれ、その成長を楽しみに生きていた44歳の事故死なのに。ただ、もう会えないという悲しみや淋しさを噛み締める。

幼き者を残してこの世界から旅立たされた父親と家族というシステムから去ろうとしている母親の話。

どちらも、家族と過ごしたかけがえのない時間は存在し続ける。忘れない。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?