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『先天性の嫌われ者』

都内のファミレス。今、目の前にいるのは整えられていないボサボサのタレ眉に重そうな一重、小柄で寸胴、そして私よりも10歳くらい上に見える老け顔だが私と同い年の男性。名前は「プリン大福」という。

プリン大福さんとは2年前、SNSで知り合った。共通のアニメが趣味で、すぐに意気投合し、なんでも話せるほど仲良くなっていたのだが、会うのは今日が初めてだ。(私はインターネットで知り合った人に会うことすら今回が初めて)
待ち合わせた、このファミレスには私が5分ほど早く到着し席に案内され、これから何か大切な面接でもあるのかというほどに緊張しながらプリン大福さんを待っていた。
「…じゃじゃ猫さんでしょうか?」
プリン大福さんが声を掛けてきた。私は緊張のあまり、視界が狭くなっていて人が近づいていることにさえ気が付かなかったために、ものすごく驚いて声がひっくり返ってしまった。
「は…い!そうです。プリン大福さんですか?」
「はい、そうです。はじめまして。」
プリン大福さんの顔を見ることさえ初めてだったのだが、強張っており、緊張している様子が伺えた。
「はじめまして」
そんな硬い会話の後にプリン大福さんはクリームソーダを私はアイスミルクティを注文し、今はそれを待っているところだ。

オーダーを取った店員さんが去った後、私達の空気は重かった。プリン大福さんは先に届いたストローをペン回しのようにくるくる回している。
「私、会うの初めてなんです」
無言に耐えきれず、先に口を開いたのは私だったがなんともお粗末な言葉である。
「はい?」
「あの、ネットで知り合ったお友達と会うのが初めてなんです」
「そうなんですね」
「プリン大福さんは、あるんですか?…他の方と」
「何度かあります」
また無言に戻る。空気は先ほどより重くなった。先ほどからくるくる回しているように見えるプリン大福さんのストローはよく見ると捻っているだけで一回転も出来ていない。
「ここのファミレス、遠く無かったですか?」
プリン大福さんがその回っていないストローをじっと見たままそう言った。
「大体電車で30分くらいです」
「そうですか、それはよかった」
クリームソーダとアイスミルクティが届いた。

クリームソーダのしゅわしゅわという音をこんなにしっかりと聞いたことがあるだろうか。私達は飲み物が届くとより一層喋らなかった。お互いしっかりとコップを持ちストローを咥え、「今は飲んでいるのでお話しできなくて当たり前ですよね」という雰囲気を出し合っていた。
プリン大福さんは、クリームソーダの“クリーム”の部分を先に平らげる派だった。もう既にそこにあるのはただのメロンソーダである。
「先にアイス食べちゃうんですね」
「混ざるのが嫌なんです」
プリン大福さんは少し恥ずかしそうな顔をした。

それからお互いに“頑張って”少しずつ会話を進めた。今日の天気や、話題のニュースとつまらない話題から始まったが、どうにか共通点である好きなアニメの話に辿り着いたおかげで私達は先ほどとは打って変わって口が止まらないほどに語り明かしていた。
「このアニメ、良作なのに知っている人が少なくて世間のセンスの無さに呆れていたところです。さすがじゃじゃ猫さん、お目が高いですね」
「いやいや、プリン大福さんの知識量には驚かされます。もっともっと聞かせてくださいよ」
“メロンソーダ”の軽やかな音が無くなるまでには、私達は会話を進めることができた。

「ネットで知り合った人と会うことに抵抗が今まであったのですが、プリン大福さんのおかげでそれが覆されましたよ。ありがとうございます」
「いやいや。まあ、そう言っていただけて光栄ですが、ネットは怖い世界ですよ。とくにじゃじゃ猫さんは女性なんですから、お気を付けください」
私たちの手元にはあった飲み物は空になり、店員さんに下げてもらっていたのでテーブルにはもう何も無かった。

「プリン大福さんはいつからSNSを始めたんですか?」
「僕は、小学校4年生の頃です。父親のパソコンを勝手に開いて使っていました」
「私も、大体小学校5年生の頃です。私は母親の携帯電話を勝手に使っていました」
「親にバレませんでした?」
「すぐにバレました。でも、私は昔から友達と呼べる人がいなくて遊んだりしてませんでしたから、ネット世界で生き生きしている私を見て、母親が監視しながらなら良いだろうと受け入れてくれたのです」
「あはは、僕も大体同じです」
プリン大福さんはテーブルに垂れていた水滴をペーパーナプキンで拭き取った。
「私、今も友達が少ないんですよ。幼い頃、悪戯やらなんやら受けてきましたから、それを引きずって今こうなってしまったんだ、と思っていたのですが、残念ながら昔を振り返ってみても友達がいたことなんて無かったんです」
「僕もそうです。たまに思い出すんですよ。小学生の頃、移動教室の際に読書に夢中になり時間に気がついていない僕を誰1人として声を掛けてくれず居なくなっていたことを。何か嫌われるようなことをした覚えもないんですけどね」
「私も似たような経験があります」
私達はこんな話を軽やかにしていた。愚痴とかそういう類では無く、昨日まで食べてきたものを紹介している、又は旅行したことがある場所を紹介している、そのくらいお互いにとって今まで当たり前に起こっていたことを話していた。
「たまに自分のことを責めてしまうんですよ。私がどこかで無意識に嫌われるような行動をしていたのではないのかなって」
私がそう話すと、プリン大福さんは今日1番の笑顔を見せてくれた。プリン大福さんの顔は全体的に丸く目も眉も垂れ下がっている。何もしていなくても優しそうな顔付きなのだが、笑顔となればもはや怪しく感じるほどに優しさを感じさせる。
「僕、自分のことは先天性の嫌われ者なんだと思ってるんですよ」
「先天性の嫌われ者?」
「失礼かもしれませんが多分、じゃじゃ猫さんもです。もしかしたらじゃじゃ猫さんの言うように無意識に嫌われることをしてしまっていたのかもしれないけれど、誰かに危害を与えようとは思ってなかったでしょう?それじゃ当時の僕らにとってはどうしようも無いことじゃ無いですか」
「確かにそうです」
「だから、スポーツが得意な子が生まれ持って運動神経が良いように、天才と呼ばれる人たちが生まれ持って頭が良かったように、僕らは人に嫌われる要素をなにかしら持って生まれてきてしまったんですよ」
「ふふ、それは面白いけれど悲しい話です」
「そうですね。それが顔付きかもしれないし、体型かもしれない。イントネーションかもしれないし、性格かもしれないけど、でもそれは先天性のものなので自分を責める必要は全く無いんです。僕は今日じゃじゃ猫さんと会って、嫌な気持ちになんてなりませんでしたし、楽しかったのですから、じゃじゃ猫さんはその先天性のものと上手く付き合うことができているのだと思います」
「なるほど…ありがとうございます。それでしたらプリン大福さんもです」
「ありがとうございます。それはよかった」

それから私達はお互いの仕事の話や将来の夢を語って、解散した。
クリームソーダとアイスミルクティーのたった二杯だけで長居をしてしまって、このファミレスには申し訳なかったと思ってしまった。

家に帰るとプリン大福さんからメッセージが来ていた。
『じゃじゃ猫さんとお話できて楽しかったよ^ ^!もっともっと話したいことがある!また遊ぼうね〜!』
実際のプリン大福さんは誠実で賢い人なのだが、こうSNSを通すと、どうにも馬鹿っぽく感じさせる。
『わーいわーい!そう言ってもらえて嬉しいっ!また遊べる日を楽しみにしていますーっ!』
笑ってしまうほどに、残念ながらそれは私も。

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