目的のない勉強(趣味)するのを自分に許してこ

興味のあるジャンルの勉強を役に立たないからと諦めるのはもったいない。

 とにかく当時緒方の学生は、十中の七、八、目的なしに苦学した者であるがその目的がなかったのがかえって幸せで、江戸の学生よりもよく勉強ができたのであろう。 それから考えてみると、今日の学生にしても学問を勉強すると同時に始終わが身の先ばかり考えているようでは、修業はできないだろうと思う。福沢諭吉著 齋藤孝訳「現代語訳 福翁自伝」

私はここ一年で読書にハマって、毎日本を読んでいる。

読書を始めた動機が「モテたい」とか「スキルを身につけてお金にしたい」だった。

だから、自分の専門に関係のないジャンルの本、身につけても大して役に立たない本は読まないようにしていた。

例えば、私は以前ミニマリストとしてラジオ配信アプリをやっていた。ミニマリストの本やネット配信の本を中心に読むようにしていた。

ただ、それだけだとだんだんしんどくなる。以降自分の「知りたい!」気持ちを優先して本を選ぶようになった。

歴史、哲学、健康医学、どんどん興味分野が広がっていった。

今まで気づかなかった些細なことに気づけるようになって生きるのが楽しくなった。

今は読書自体が目的になりつつある。

本を読むのにはおよそ二つの動機がある。一つは諸君がそれをたのしもうという動機、もう一つは読んだ本について自慢できるという動機。〜(中略)〜近代生活において、競争に重点をおいたということは、ちょうど、アウグスティヌス大帝時代の後のローマに起こったに相違ないと思われるような文化的標準の一般的な低下と結びついている。男も女も、非常に知的な快楽をたのしむことができなくなったようである。角川ソフィア文庫 B・ラッセル著 「幸福論」

「すごいと思われたい」「仕事にしたい」で勉強をするのには限界がある。

「役に立たない、なのに勉強したい」で勉強すれば本物の知識が身につく。

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