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社会課題にビジネスで挑む、韓国ソーシャルビジネス最前線 #1

多岐にわたる社会問題の解決を目指すビジネス、社会的価値と金銭的利益の両立を目指す「社会的企業」、或いは「ソーシャルビジネス」。「社会問題×ビジネス」は、日本だけでなく世界各地で注目されているキーワードでもあります。近年、IROが拠点を置く韓国では、アジアで初めて「社会的企業育成法」が制定されるなど、社会的企業やソーシャルビジネスに関する勢いと注目は更に加速中です。

そもそも「韓国における社会的企業やソーシャルビジネス」って一体どんなものなのか?どんな政策がとられ、どういう社会的企業が活動しているのだろうか?このシリーズの前半では、韓国における「社会問題×ビジネス」の制度や政策を解説。後半では、韓国ソーシャルビジネス最前線スポットをご紹介します。

ドラマの世界だけじゃない、「社会問題×ビジネス」が盛んな韓国

韓国といえば、ドラマに出てくるような財閥系企業を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。でも実は韓国、ユニコーン企業排出数では世界6位を誇るなど、起業大国でもあるのです。(※1)。その背景の一つにあるのが、政府や自治体などによって進められている起業支援事業や制度の数々です(※2)。その中には、技術革新企業への積極的支援をはじめ、社会問題解決型のビジネスや取り組みなど社会革新分野への支援事業や制度も多く存在します。

日本でも近年「社会問題×ビジネス」や「インパクト投資」「SDGs」などは、注目されているキーワードですが、韓国では「社会的企業育成法」がアジアで初めて制定されたり、「社会問題×ビジネス」での起業育成・起業支援プログラムなどが、比較的早い段階から盛んです。そして、近年では起業育成・起業支援プログラムの全般において「社会的価値」や「社会問題解決との関係性」を問われます。

また、政府や民間企業、投資家による「インパクト投資」も盛り上がりを見せる他、財閥系企業でも「社会的企業」や「社会的価値創出」に関心を持つ企業が増加傾向にあります。その代表的な例として、SKグループは企業の「社会的価値」について研究するシンクタンク「社会的価値振興院」や、社会的企業「ヘンボクナレ(행복나래주식회사 / Happynarae Co., Ltd.)」などを運営しています。また、2019年からは「SOVAC(Social Value Connect)」という社会的価値のためにセクターを越えてつながる大規模イベントを毎年開催しています。

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写真:SOVAC(Social Value Connect)公式HPhttps://socialvalueconnect.com/

国を挙げて推進?!韓国における「社会問題×ビジネス」を解説

社会的企業、社会企業、ソーシャルベンチャーなど…。国や地域によって少しずつ意味合いが異なるように、韓国においても、一言に「社会問題×ビジネス」や「ソーシャルセクター」と言っても、その種類や形態は様々です。これらの定義は、韓国国内においても様々な部分もあるので、「ソウル市社会的経済支援センター(韓国語:서울시사회적경제지원센터)」や政府傘下機関である「韓国社会的企業振興院(韓国語:한국사회적기업진흥원)」などの定義を元に解説すると、以下のように整理することができます。(図1)

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一般的に韓国では、社会問題の解決に取り組む多様な形態の企業や団体、機関など及びそれらが属する領域を「ソーシャルセクター」と表されます。その中でも、社会問題の解決を目標に、民主的な運営と社会的価値を実現する生産と消費システムを「社会的経済(韓国語:사회적 경제)」、社会的な目的を優先的に追求しながら、金銭的利益の追求を行う企業(組織)を「社会的企業(韓国語:사회적기업)」と言います。(※3)また、社会貢献や社会的問題の解決を主な目的とし、革新的で創意的なビジネスアイデアを通じて社会問題の解決を図るベンチャー企業は、「ソーシャルベンチャー(韓国語:소셜벤처)」と総称されています。

「ソーシャルベンチャー」と「社会的企業」の違いとは?

ここでよく聞かれるのが、「ソーシャルベンチャー」と「社会的企業」の違いです。なぜ、わざわざ似たような2つの呼び名が存在するのでしょうか。それは「社会的経済育成法」が制定されたこと、それにより国としての「社会的企業」に関する定義及び制度を持つことが関係しています。

社会的企業を支援する法である「社会的企業育成法(韓国語:사회적기업육성법)」が制定されたのは2007年のこと。「社会的企業育成法」では、社会的企業を「社会的弱者層に社会サービスや雇用を提供し、地域住民の生活の質を高めるなどの社会的目的を追求しながら、金銭的利益とサービスの生産・販売等の営業活動をしている企業として、雇用労働部長官の認定を受けた機関」と定義しています。

また、社会問題解決型のビジネスをしていれば、誰もが「社会的企業」という訳ではなく、条件を満たしている企業を、分野や地域ごとに国や自治体が「社会的企業」として「認証」する「認証制度」が導入されています(図2)。認証の条件は、(1)一定の収益、(2)利潤の3分の2以上を社会的目的や事業に再投資、(3)有給労働者を持続的に雇用する(4)組織内外の利害関係者が参加する意思決定構造…などです(図3)。

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認証を得た「社会的企業」になると、一定期間の人件費や商品開発に対する補助金、税制優遇などの支援が行われます。また、公共機関の物品購入などにおいても優先購入などの優遇制度が存在します。認証機関である「韓国社会的企業振興院」のホームページによると、2021年5月までに3,440社・団体が認証、現在2,908社・団体が活動中です。

一方で韓国での「ソーシャルベンチャー」は、社会的企業の目的と運用原理は似ていますが、政府の認証を受けなければならい社会的企業に比べて、設立・運営基準にとらわれず、革新的なビジネスモデルを通して、社会問題解決を模索し、「社会的価値」を創出するスタートアップ企業とされています。(※4)

目的と運用原理が似ているため、境界線が曖昧でもある2つの形態。近年では、若い世代のソーシャルベンチャー創業やソーシャルベンチャー従事が増える一方で、「既存の社会的企業認証制度が多様な社会問題を解決するソーシャルベンチャーなどを含むことができず、制度と法の限界に直面している」との問題提議も存在しています。18年12月に発表された「3次社会的企業基本計画」では、社会的企業登録制度をはじめ、「社会的企業」の定義を改変するという内容が含まれています。

このように制度的な課題も存在しますが、「社会問題×ビジネス」を根付かせようとする韓国の制度や試みは、社会的経済生態系や社会的企業の発展をサポートし、それらは近年全国的に大きな広がりを見せています。

難しそうな存在?特別なものではなく、身近なところに…

それでは、韓国・社会的企業の例といえばどんな企業があるのでしょうか。全国各地に店舗があるリサイクルショップ「美しい店・アルンダウンカゲ(韓国語:아름다운가게)」は代表的な事例の一つです。利用したことのある在韓日本人の方もいらっしゃるのではないでしょうか?こちらは、社会的企業育成法の認定第1号のうちの一つです。使わなくなった家庭用品や本の寄贈を受け、それを販売し、売上をチャリティー事業や社会福祉事業、支援が必要な方々へ寄付するお店です。著名人の寄贈品や1日店長イベントなどもあり、長年の間韓国の代表的な社会的企業の事例として国内外で注目されています。

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写真:아름다운가게 公式HPから引用 http://www.beautifulstore.org/

今回は、「社会問題×ビジネス」を根付かせようとする韓国の制度や政策をご紹介しました。制度や政策、社会的価値や社会的意味などと聞くと、少し小難しそうに聞こえるのも事実です。しかし、それらのサービスや商品は、実際は特別なものでもなく、「美しい店・アルンダウンカゲ(韓国語:아름다운가게) 」のように、私たちの身近なところに存在しています。身近に自分の好みに合わせて、社会的企業やソーシャルベンチャーの商品やサービスをライフスタイルに取り入れることも可能です。次回の後半編では、韓国ソーシャルビジネス最前線スポットをご紹介します。

(文:上前万由子)

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※1:韓国ユニコーン企業数世界6位(中央日報)参照
※2:加速する韓国のスタートアップ支援(JETRO)参照
※3、※4:한손에 잡히는 사회적기업 (발행처: 한국사회적기업진흥원) 

後援:ソウル特別市青年庁・2021年青年プロジェクト(후원 : 서울특별시 청년청 '2021년 청년프로젝트')  

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