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マーブルの疑問 〜混じり合うこと、溶け合うこと〜

 待ち合わせは、夕方6時。

 この時間帯、いくつかあるオフィス・ビルから仕事を終えた人たちが歩き出てくると、この駅前の交差点のあたりには、改札口のほうへと向かっていく大きな流れができる。

 彼女が待っているはずのカフェは、この交差点を挟んで駅ビルとは対角に位置する建物の2階にある。
 私は走った。雑用が残っていて予定どおりに会社を出られないことを告げてあったとはいえ、30分も約束に遅れてしまったことを会ってはやく詫びたかった。
 店に入り彼女を探す。外の通りに面した側の席で、彼女はガラス越しに外を眺めていた。
 軽い挨拶をし、待たせたことの詫びを口にしながらスツールに腰掛けると、それには応えず、待っているこの時間に考えていたのであろう、ある疑問を彼女は不意に話しだした。

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―  要約すると、彼女の話はこういうことだった。

 手に取ったときに溶けないよう、着色した砂糖でコーティングされた小さな粒のカラフルなチョコレート菓子を、幼いころ好んで食べていた。
 確か、その菓子の名前の一部に「マーブル」という単語が使われていたと記憶しているが、なぜそれは「マーブル」だったのか。
 マーブルとは英語で「大理石」ことである。しかし、わたしの知る大理石の模様はおもに、白色のベースに濃い灰色のラインが溶け合わさって、曲線的な縞をつくり、ぜんたいとしては淡いグレーのパターンであり、この「マーブル」から、あの色とりどりのビビッドな粒々を思い描くことができない。

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 彼女のこの疑問に、私はすぐに答えることができた。
「大理石」という意味の他に「ビー玉・おはじき」という意味が英語のマーブルにはあるということを知っていたからだ。
 おはじきやビー玉からなら「マーブル」というネーミングに納得できるものがあるだろうと彼女の様子をうかがうと、一応は了解しているようだった。

 運ばれてきたコーヒーを私も飲みながら交差点を見下ろす。
 急ぎ足で横断歩道を渡る人たちのたくさんの長い影。渋滞する車。みな俯き加減で立っている信号待ちの集団。これらのものが見える。
 私を待っているあいだ、ここから交差点を眺めていたら何故か「マーブルのこと」が頭に浮かんできたのだと彼女は言った。

 確かに……。
 こうして上から見ていると、人々の作る大きな流れや、ときに立ち止まって〈よどみ〉、それがまた細い流れになっていくところなどは「大理石のマーブル」の模様をイメージすることができる。

 しかし私は、彼女におしえてあげた「おはじき・ビー玉のマーブル」のほうが、この交差点の状況をあらわすのに相応しいように感じた。
 それぞれに存在するさまざまな粒と粒たち。ちがう色のたくさんの粒と粒は、混じり合うだけで決して溶け合うことはない。

 あなたはどうだろう。

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(おわり)
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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