8月27日(木) ~シュンのひみつ日記
きのうはずっと寝てたので、だいぶ良くなった。
めずらしく父ちゃんが、部屋に入ってきた。
「熱はどげんや?」
「うん、もうだいじょうぶ」
ふだんはそういうことを聞いてくる父ちゃんじゃないし、さっさと部屋を出たかと思ったらなんかまだいる。たたみに転がってるビデオカメラを手に取って、
「映画はもうやらんとか」
ちょっとさびしそうに聞こえた。ぼくにそれをくれたとき、うれしそうだったもんな。でも、もう撮りたいものもない。
「ヒロインがおらんごとなったし……」
また何か悪いことが起きそうで、こわい。すると父ちゃんは、ぼくの頭をわしゃわしゃして言った。
「散歩でもするか」
二人で漁港のあたりを歩いた。たくさんの漁船がけい留されてるけど、父ちゃんの白鯨丸はもうない。
あれ? そういえば、今日は平日だ。
「父ちゃん、仕事は?」
「んー、まあ、やめてきた」
「えっ?」
びっくりした。まだ十日しかたってないのに。
「ヤスヒロおじちゃんのしょうかいやったっちゃないと?」
「営業は向いとらん。実は三日しか行っとらん。あとはズル休みしとった」
なーんだ。父ちゃんもダメなやつじゃん。それを聞いてちょっとホッとした。
「じゃあ、次の仕事は? 漁師に戻ると?」
戻ってくれたら、ぼくもうれしい。泳げないからあとはつげないけど。
「いや、それはなか」
父ちゃんはさびしそうに漁港を見ながら、
「ここにある船もな、動いとうのはほんの少しばい。漁師の仕事自体、もうからんけんな。はっきり言って、先はなか」
父ちゃんが漁師の仕事をそんな風に思ってたなんて。けど、やっぱり好きは好きなんだろうな。だからつらいんだろうな。
「やけん、お前も気にせんでよかぞ。あとつぎとか、そげんことはよか」
そう言う父ちゃんの気持ちを考えてみたら、別の考えが浮かんできた。
「ぼくが……泳げんけん?」
それで気をつかってるのかも、って思った。
「そうやなか」
父ちゃんはぼくの前にかがみこんで、肩をぐっとつかんだ。
「好きなことしたらよか」
こんなときに言われてもなあ。クラゲみたいにぷかぷか浮かんでるだけやもん。
「もう何したらいいか、分からん……そげんして、いきなり放り出さんでよ。ああせろこうせろ、って言ってよ。そのほうが楽やもん」
父ちゃんは困った顔になった。困らせてるのは分かるんだけど、ずっと思ってたことをどうしても言いたくて、ガーッと言った。
「父ちゃん、ハリウッドが世界の中心って言ったやん? けど、もうヒロインもおらんし、スタントマンのザコ兄にもひどいことした。ぼくはもうカントクはやれん。なーんもない。ぼくには」
またなんかちょっと泣きそうになった。最近ホント泣き虫だ。情けない。
じっと聞いてた父ちゃんが、ゆっくり立ち上がった。
「確かにおれは、そげんこと言ったな」
背中を向けて、ぼくからはなれていく。もうめんどくさくなったのかな、と思ったら、くるっとこっちを向いた。
「ばってんな、シュン。世界の中心は、いつも同じやぞ」
「え? どこ?」
「そこたい」
父ちゃんはぼくの立ってる場所をさした。
「ここ?」
「地球は丸かろうが。お前がそげん思えば、どこでも真ん中たい」
あー! そういうことか! ぼくはうれしくなって、少し動いてみた。
「じゃあ、ここも?」
「そうくさ」
「じゃあ……」
ぼくは走った。船のロープをくくりつけるビットの上に立ってみて、
「ここも!?」
と聞いたら、遠くで父ちゃんが笑いながら答えた。
「お前の立っとう場所が世界の中心たい! 好きに生きれ!」
「うん!」
そのとき、雲の間から光がさした。ぼくは、ぼくでいいんだ!
あとつぎだとか、資格がないとか、そんなんじゃない。漁師にだってカントクにだって、ぼくがなりたいと思うのは自由なんだ。自由って、そういうことなんだ。
父ちゃんの言葉が、ぼくに力をくれた。お腹の底から元気がわき上がってくる。
ぼくはもう、クラゲなんかじゃない。この足で立ってる。世界の中心に。
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