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8月30日(日) ~シュンのひみつ日記

 いよいよだ。朝からみんなを巻き込んで、浜辺の上映会のじゅんびをした。
 まずは木材のちょうたつ。島の大工さんに頼んだら、使わないやつをいっぱいくれた。運ぶのは父ちゃん。無職の父ちゃんがいい働きをした。
 ザコ兄は、蓮姉も来るよと言ったらよろこんでフェリーで来た。二人で木材を砂浜に打ち込む役。何だかんだで楽しそうにやってるみたいだ。ザコ兄が蓮姉の足についた砂を払おうとして、ハンマーでなぐられてたけど。
 タケちゃんとノブは、機材を運ぶ役。リヤカーで公民館からプロジェクターを借りてきたり、ガソリンで動く発電機を運んだり、大かつやくだ。
 ぼくはきゃたつを使って、ロープで木材を組み上げる役だ。手が足りないところは、母ちゃんや島のみんなが手伝ってくれた。

 昼ご飯のとき、ノブに電話番号のメモを渡した。
「なんこれ?」
「ユイの母ちゃんの電話番号」
 きのう、母ちゃんから教えてもらっていたのだ。
「夜にあたご神社に来るように言っといて。ユイば連れて」
「あたご神社? 何で?」
「いいけん、頼んだぜ」

 夕方前にはだいたい上映のじゅんびはできた。あとはスクリーンを張るだけ。
「おいシュン、ホントにこげなとでよかとか?」
 父ちゃんが心配そうに言った。だいじょうぶ。きのう、部屋でちゃんと実験もしたし。

 夜になった。海の向こうにはタワーとかマンションとか、マリノアシティの観覧車とかがきれいに光ってる。こっちの島には、よけいな光は何もない。島の夜はだいたいこんなもんだ。
「よし、そろそろやな」
 ぼくはもう一度、ノブに電話をかけさせた。
「はい、そうですノブです。すいませんが、ユイちゃんに代わってもらえますか?」
 ノブは電話だとやけにハキハキしている。
「あ、ユイ? うん、ぼく、ノブ。今からちょっと島のほう、見とってね。シュン? うん、おるよ、横に」
 電話の向こうから、ユイの声が小さく聞こえる。こんなとこに呼んでどうするつもり? みたいなことを言っているみたいだ。
「シュン、ユイが代わってって言いようよ」
 ユイの声が聞きたい。でも、グッとがまんした。ぼくが言いたいことは、これから流す映像で伝わるはずだから。
「それでは、上映会を始めます!」

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 プロジェクターがまぶしい光を放った。ぼくは、ビデオデッキの再生ボタンを押した。
 真っ暗な波打ち際に、映像が浮かび上がった。
 父ちゃん、母ちゃん、蓮姉、タケちゃん、ノブ、ザコ兄、島の人たち。みんなが口々に、「わあ、すごい!」と声を上げた。何もないところに、ホントに映像が浮かんでるように見える。

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「これ、向こうの景色もすけて見えるばい。やけん、なんか浮かんで見えるとやなあ」
 父ちゃんが感心したように言った。ぼくがスクリーンに使ったのは、白いカーテンレースだった。テントの布とかとは違って、目があらいからすけて見える。
 でも、ホントの目的は、向こうからも見えるようにするためだった。
 左右反対になるけど、ユイもきっと同じ映像を見てるはずだ。あの神社のコイン式双眼鏡で。
 半分とうめいなスクリーンに映し出されているのは、ユイの笑顔だった。ぼくがこれまで撮りためてきた素材から、ユイの笑ってるところだけ編集した特別編だ。

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「ユイ……見えるや?」
 遠い国に行っても、ずっと笑顔でいてほしい。これがぼくの願いだ。
 夏休みの間だけだったけど、ユイに会えて良かった。今までありがとう。こんなこと、はずかしくて電話じゃ言えない。

 上映が終わった。波打ち際はまた真っ暗に戻った。
 あたご山のてっぺんあたりで、何かがキラッと光った気がした。

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明日のにっき

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