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7月28日(火) ~シュンのひみつ日記

 永福寺で撮影。じゃりのところがいつもきれいにそうじされているんだけど、お坊さんは見たことがない。観光シーズンでも人がほとんどいないので、便利だ。

 ノブとタケちゃんに衣装を着せていたら、ちょっとおしゃれなカッコをしたユイが時間通りに来た。ユイの服は、四つ葉のクローバーの柄が入った白いワンピースだった。まあ、姫っちゃあ姫かな。
 ノブはC-3PO役。段ボールを黄色く塗って、頭と腕のところをくりぬいて上から着せた。あと黄色い水泳帽をかぶらせて、丸ぶちメガネをかけさせる。これでだいぶC-3POっぽくなった。ノブも何の役か知らんくせにうれしそうだった。
 タケちゃんはやっぱりルーク役。坂本の柔道着はこれからも使うので、教室からなくなったことにしよう。
 R2-D2は、ポリバケツをひっくり返してマジックで線を書いた。あとタンスが倒れるのを防ぐつっぱりのやつで足を作った。これで役者はそろった。

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 撮影開始だ。ぼくが書いたシナリオを三人に読ませる。自分のセリフと、その前の相手のセリフは覚えるように言った。ノブは頭が悪いので、「ウィ~ンウィ~ン」ってロボットの機械音だけしゃべらせる。
「そんじゃ行くぜ。シーン1カット1、レディ・アクション!」
 ぼくは自分でカチンコをカメラの前で鳴らした。
「ただいま戻りました」
「ウィ~ンウィ~ン、ガチャン」
 レイア姫の前にひざまずいて、報告するシーンだ。
「はいカット! オッケオッケー!」
 タケちゃんとノブは「イェーイ」とハイタッチした。

「じゃあ次、ユイのアップ撮ります。カメラ移動!」
 今度はルーク側から姫を撮る。ファインダーでユイのアップを見たとき、ちょっとドキッとした。
「タケちゃん、映らんけどさっきのセリフもっかい言ってね。そんじゃ、シーン1カット2、レディ・アクション!」
「ただいま戻りました」
「ウィ~ンウィ~ン、ガチャン」
 ここで姫のセリフ。
「よくぞ無事に戻られました。ルークとその仲間たちよ」
 ひどい。シナリオ通りなんだけど、完全に棒読み。
「カーット! 何で無表情や? ここ喜ぶシーンやろ」
 まさか姫が大根役者だったなんて。
「味方が戻ってきたっつぇ、笑えユイ! もっかい! レディ・アクション!」
 ユイは今度はニヤニヤしながら同じセリフを言った。
「カーット! 気持ち悪いったい! 嬉しそうにしろって言いようったい」
「嬉しくもないのに嬉しそうにげな、できん」
「そればやるのが女優やろうもん!」
 大根のくせにカントクにさからうって。演技指導どころじゃない。ユイはむすっとして、もうやる気をなくしている。最初に会った時と同じ顔だ。違う、こんな顔が見たいんじゃない。

 ぼくが困っていると、タケちゃんとノブまで勝手にチャンバラごっこを始めた。
「勝手にそこで戦うな! 仲間やろうが!」
「だってヒマっちゃもーん」
 ノブももうダメだ。クランクインしたばかりなのに、もう現場はほうかいだ。ぼくはもうやけくそになって、
「じゃあガチで外人っていうテイでどうでしょーか!」
 と言った。「おお、グローバルやな」とタケちゃん。グローバルが何か知らんけど、せっかくユイの父ちゃん外人なんだし、英語でもしゃべらせればそれっぽく見えると思った。
「ユイ、サンキュー何たらかんたらって、テキトーに言ってみて」
「……おぶりがーど」
「何やそれ」
「オブリガード。ありがとう、って意味」
 ありがとうはサンキューやろと思ったらタケちゃんが、
「それって、ポルトガル語?」
 と言った。ユイがうなずいた。
「何でポルトガルが出てくるとや?」
「いや、ブラジルってポルトガル語やろうもん」
 知らんかった。そういえば父ちゃんが、オリヴェイラの名前のことで何か言ってたっけ。

「まあいいや。とりあえずやってみよ。ユイ、ちゃんと笑えよ?」
 カメラを回そうとしたら、いきなりザコ兄が画面に入ってきた。
「とうっ!」
 ダースベイダーのカッコをしている。後でノブにやらせようと思って用意していた衣装を、勝手に着たのか。
「ザコは呼んどらん!」
 ザコ兄はライトセーバーを構えて、
「ふふふ……さあ、姫をよこしてもらおうか」
 完全になりきっている。シナリオにも書いてないのに。タケちゃんとノブが、おもしろがってザコ兄におそいかかった。しばらくチャンバラをしていたんだけど、ザコ兄が石をふんで階段から転がり落ちていった。「うわーっ!」って声が聞こえた。

 みんなで見に行ったら、ザコ兄は階段の下で犬みたいによつんばいになっていた。ぼくたちにケツを向けて、「あいたース」と言いながら、腰をさすっている。ちょっと心配になったのでおりていこうと思ったら、「プウ~ッ!」ってザコ兄がおならをした。ぼくもタケちゃんもノブも、それを見て爆笑した。チラッと横を見たら、ユイも同じように笑っていた。初めて見た。こんな風に笑うんだ。
「それ! その顔!」
「え?」
「その顔でもっかいやれ」
 急いでカメラの方に走っていったのに、ユイは「もうできん」と言った。ぼくが走り出して3秒くらいで言った。またあの口をとがらせた暗い顔にもどっている。めんどくさい奴だ。
 ザコ兄はタケちゃんとノブにライトセーバーでボコボコにされている。
「やめんや! くらすぞきさん!」
 くらすぞきさん、がザコ兄の口ぐせだけど、ホントにくらされたことは一回もない。だからぼくたちも安心してからかうことができる。

 ボコボコにされているザコ兄がおかしくて、ユイは楽しそうに笑っている。この顔が見たいんだ。この顔が撮りたいんだ。
 どうしたらユイは笑ってくれるんだろう。

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明日のにっき

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