8月2日(日) ~シュンのひみつ日記
今日は公民館で、のこのしま未来会議だ。夏と冬の二回、島の人がたくさん集まってあれこれ話し合うんだけど、イノシシをどうするとか、よそから引っ越してくる人をどうするとか、それにはあんまりきょうみはない。
けど今日はとくべつだ。プロジェクターを使って、みんなの前で、ぼくの作った映画が上映されるから。野中のジジイがいないのはいつものことだけど、せっかくの水無瀬カントクデビューなのに、ユイは来なかった。まあいいや。
ぼくの『ダイヤルMば回しすぎ』は大うけだった。ゾンビのザコ兄が落とし穴に落ちたり、キンタマをぶつけたりすると、みんな大笑い。ぶつける時に仏だんの「ちーん」の音を入れたのが良かった。
みんなで同じものをみて笑うって、最高やん。カントクって最高やん。
上映が終わると、はくしゅがおきた。みんなが、ぼくとタケちゃんとノブにはくしゅをした。このときのはくしゅはぜっっったいに忘れない。
「いやー、シュンにこげな才能のあったとはなあ。さすが映画研究部長の息子やな」
父ちゃんと同じ漁師の嶋村さんが言った。映画研究部って? 映画を研究? 父ちゃんがそれを聞いてうれしそうだったので、ぼくもうれしくなって、
「ぼく、映画カントクになる!」
と言ったら、みんなが「おー」と言った。
「がんばれよシュン。能古島から未来のきょしょうが出たら、すごかことばい」
海鮮料理の店「ざっこ」の松原さんが言った。
きょしょう、って何だろうって辞書で調べたら、
・その方面、特に芸術の分野で際立ってすぐれた人
だって。おお、巨匠!
そしたら嶋村さんが、
「ばってん、シュンは漁師ばつがないかんめえもん」
と言った。ぼくは長男なので家をつがないといけない。さっきはちょうしに乗ってしまったけど、ぼくは漁師になる。漁師にしかならん。そしたら、さっきまで笑っていた父ちゃんが、まじめな顔で言った。
「いやー、そげな時代でもなかろうもん」
あれ? 漁師にならんでもいいってこと? ぼく、きたいされてないのかな。やっぱり父ちゃん、あのこと知ってるのかな。
とか考えてたら、鈴木のおばちゃんがユイのことを言い出した。
「けど、あのかわいらしい子、誰ね? 金ぱつの」
みかん畑の立花のおばちゃんも、
「ああ、おったねえ。チラチラうつっとった」
と言った。すると他のみんなも知ってたみたいで、「そういえば昨日見たばい」とか「西の浜で見た」とか「お人形さんごたった」とか言い出した。
ちょうどいいやと思って、説明しようとしたら、鈴木のおばちゃんが変なことを言い出した。
「見知らん外人さんが住み着いとうってのも、あんま気持ちのいい話やないねえ」
何でそんな風に思うんだろう。他のおばちゃんとかも、
「野中さんとこのアトリエに出入りしよるみたいやけど、関係あるっちゃろか」
「あの人、付き合い悪かもんねえ。おかげでなんも分からん」
野中のジジイのせいでユイまで変に思われてる。
「シュン、なんもせめようっちゃなかとぞ。気になるけん、聞きようったい」
嶋村さんまでそんなことを言い出した。
島の人たちっていつもはいい人だけど、よそものの話になるとこんな感じになる。よそから来て朝まで浜でさわぐやつらもそりゃいるけど、ユイはそんなんじゃない。よそものなんかじゃない。
でも急に説明するのがめんどくさくなったので、
「天神でスカウトした。それでいいやろ?」
そしたらもっと変な感じになった。
「シュン。テキトーなこと言うちゃいけん」
じゃあ何て言えばいいんだ。何年住んだら島の人になれるんだ。
「いいやん別に。みんなだって原始時代からここ住んどうわけやないっちゃけん」
みんなびっくりした顔をした。そしたら、ずっとだまっていた母ちゃんが、立ち上がって言った。
「すんませんもう、ホントこの子は。へりくつばっか言ってから」
何であやまるのか分からん。ぼくが悪いの?
だいたい何でユイは来てないんだ。いないからややこしいんだ。
「ああもう! 連れて来ればいいっちゃろ!」
ぼくは走って外に出ていった。
ユイは公民館を出てすぐの門のところにいた。
「何やお前、おったとや?」
「うん……」
ずっとここで入ろうかどうか迷ってたらしい。ぼくはユイの手をつかんで戻ろうとした。
「入るぜ」
でもユイは足をふんばって動かない。雨の日に散歩をいやがるゲンみたいだ。
「来いって!」
「行かんって」
何でかさっぱり分からん。
「みんなの前で自己紹介すればいいだけやろうが」
「何でそんなことせないけんとよ」
どう言えばいいかなと思って、少し考えて、
「知らんところでなんやかんや言われてもいいとや?」
そう言うとユイはだまったので、ぼくもひっぱるのをやめた。自分でもいいことを言ったと思う。これで来てくれるかと思ったら、大きな声でユイがさけんだ。
「みんな私のこと変な目で見るっちゃろ、どうせ!」
その声で中からみんながぞろぞろ出てきた。「あー、あの子!」とか「かわいかー」「ねえ、名前は?」とか言う声がした。そっちに気を取られていると、ユイはぼくの手をぱっとほどいて走り出した。ジジイのアトリエに続く坂道だ。
「待てって、もう!」
ぼくはユイを追いかけた。ユイは意外と足が早い。やっと追いついたと思ったら、アトリエの門をバターンと閉められた。おくからジジイのサンダルの音がしたので、ぼくはあきらめて帰った。
坂道をくだりながら、ユイの気持ちを考えた。何でみんなの前に出るのがいやなんだろう。ぼくがスカウトした女優なのに。さっぱり分からん。
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