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8月14日(金) ~シュンのひみつ日記

 きのう、母ちゃんがあやまってくれた。それでぼくもちゃんとしなきゃと思って、蓮姉にあやまった。ぼくのせいで父ちゃんが漁師をやめたこと。ますます家がびんぼうになること。それで蓮姉のダンサーのゆめがこわれること。
 蓮姉はこないだはめっちゃ怒ってたのに、ぼくがあやまったら、「もういいよ」と言った。
「あした親せきがたくさん来るけん、そうだんするって。仕事のこと。お父さんがサラリーマンとかそうぞうできんけど、むしろ今までより安定するかもね」
 蓮姉は何がおかしいのか、そう言って笑った。女はさっぱり分からん。分からんといえば、きのうの母ちゃんだ。何であんなにくわしかったんだ?
「ねえ、母ちゃんとユイの母ちゃんってどんくらい知り合いなん? 十年以上前に島におったらしいやん」
「私もあんま覚えとらんけど、ふつうに仲良かったよ。ヨシエさんが島ば出てから、そえんになったげな」
 そえん? って何だ。
「あー、そういえば今日会いに行くって言いよった」
「マジで!?」
 玄関に行くと、ちょうど母ちゃんが出たところだった。ぼくもじゅんびをして、あとを追った。でも、ぼくがいっしょに行ったらだいじな話をしなくなるかもしれない。きのう母ちゃんがぼくを尾行したので、今日はぼくの番だ。

 同じフェリーに乗って姪浜に着いた。こっそり同じバスに乗る。母ちゃんは西新でバスを降りて、地下鉄に乗った。お盆でガラガラだったので、ばれないか心配だった。
 下りたのは箱崎九大前だった。ほうじょうやのお祭りがある、箱崎宮前の一つ先の駅だ。自転車で何回か来たけど、すぐ向こうには海があって、会社の倉庫がたくさんあるところだ。

 母ちゃんはケータイで電話しながら、細い道に入っていく。ボロいアパートの前に来たとき、一階の部屋のドアが開いて、女の人が顔を出してきた。
「ひとみさん、こっちこっち」
 島でウワサになっていたとおり、きれいな人だった。あれがユイの母ちゃんか。うちの母ちゃんより若くてハデな感じがした。

 母ちゃんが中に入っていったので、会話が聞こえない。アパートのうらに回ると、部屋にいきなり母ちゃんが見えたのでびびった。家族の写真立てを見ているみたいだ。窓が開いているので、ここなら話が聞こえる。カメラを持ってきておいてよかった。

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 それにしてもオンボロアパートだ。うちといい勝負かも。外には能古島みたいにヤシが生えてる。この暑さでもエアコンもつけてなくて、変な音のするせんぷうきが回っているだけだった。ユイはこんなところで育ったのか。

 ユイの母ちゃんがお茶を運んできて、母ちゃんの前に座った。顔を出したらばれるので、ギリギリのところにカメラを置いて、録画ボタンを押した。家に帰ってから何度も聞き直した。何の話かよく分からんところもあるけど、とりあえず書いておく。

「これがあんたのだんなさんか。初めて見た」
「ごめんね。父さんから勘当されて(もう意味は分かる!)一度も島には行けんかったけん」
「で、何があったとよ。ふほうたいざい(?)やったって、どういうこと?」
「うん。ルイスね、私と知り合う前かな、ちょうきざいりゅう(?)資格ば買った、って。武道家から(ブレーカー? かも。よく聞こえんかった)」
「武道家? この前、島に来とった男?(ひげのマツザキのことだな)」
「たぶん、買った相手やろうね。帰国する前に、自分の名前とかよけいなことしゃべらせんように、って」
「人質、ってこと?」
「うん」
「あんた、そげな男にユイちゃん渡したら、どげんなるか分かっとうと?」
「だから先に引き取りに行ったのに、父さんから追い返されたとよ」
「ルイスさんの強制そうかんは? いつまで日本におられると?」
「今月いっぱい、かな」
「けど、ヨシエとユイちゃんは日本国せきやろ。選べるやん、ブラジルについていくか、日本に残るか」
「そうやね」
「だんなさんとは別れり? そうすりゃ、ユイちゃんとあんた、助かるっちゃろ? そうするしかなかろうもん」
「そんなこと、できんよ」
「何で? 何でできんと?」
「それは、できん!」
「そしたら、どげんするとよ。家族でブラジルに移住すると? 日本語しかできんユイちゃんば連れて? それとも、ユイちゃんほったらかして、あんた一人でだんなさん追いかけると?」
「……」
「あんたはそれでよかかもしれんけど、あの子にはあんたが必要なんよ?」
「……ごめん、ひとみさん。やっぱり別れるげな、できん。だって、親さえ捨てていっしょになったとよ? それくらい、好いとうっちゃもん」
「……あんたも親やろが!」

 最後、母ちゃんめっちゃ怒ってた。ぼくも同じだ。
勝手すぎる。親なのに。ユイは何も悪くないのに。

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明日のにっき

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