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7月25日(土) ~シュンのひみつ日記

 レイア姫はまだ島にいるかどうか。タケちゃんにもまた来てもらって、ノブと三人でジジイの家へ忍び込むことにした。
 木でできた門には「アトリエNONAKA」と描かれている。ボロくて門を開ける時にギシギシいうのでびびった。
 庭の中に入ると、アトリエの窓が開いていた。クーラーボックスをふみ台にしてアトリエの中をのぞいてみた。
「……やっぱりおった」
 姫だ。椅子に座ってじっとしている。野中のジジイはこっちに背中を向けてでかいキャンバスに絵を描いている。あの子はモデルになっているらしい。

 ジジイのへたくそな絵よりも本物の方がずっときれいだった。庭はセミがうるさく、この暑さでもアトリエはエアコンもつけていない。壊れかけのせんぷうきがガタガタ回っているだけだった。
 姫はじっとしているのがきついらしく、しょっちゅう髪をいじっている。そのたびにジジイから「じっと!」と言われてかわいそうだった。

 タケちゃんとノブがクーラーボックスからおりて、ぼくの足元でひそひそと話し出した。
「タケちゃん、あれどう見ても外人や。家族なわけないし、なんかいな?」
「どっかからさらって来たっちゃないと? 怪しいぜ。ケーサツに言おうか」
「きょうケーサツおるかいな?」
 ぼくはまだずっと姫を見ていた。そのうちジジイが筆を置いて、立ち上がった。
「今日はこれくらいにしとくか。暑かろ?」
 姫の顔をタオルでふいて、「風呂でも入るか」と言ってアトリエを出ていく。ヤバい、出てきたら見つかる。
 クーラーボックスのかげに三人で隠れていると、ジジイが母屋の方へ行くのが見えた。今のは何だったんだ?

「あれはいわゆるヘンタイやな。芸術家って、みんなヘンタイらしいよ」
 物知りのタケちゃんが言った。よくニュースで見るやつだ。女の子をむりやりはだかにしてよろこぶ大人がいるって。むかつく。はだかならぼくだって見たい。
「あのクソジジイ……」
 いっこくも早く姫を助け出さないといけない。ルークになったつもりで、アトリエにしんにゅうした。
 そこには姫が一人いて、たいくつそうにあくびをしていた。ぼくたちがいきなり来てびっくりしていたけど、とにかくここにいたら危険だ。
「おい、逃げるぜ! 早よ!」
 ぼくは姫の手を取って外へかけ出した。姫は何も言わずにいっしょに走った。
 やっぱり危ないところだったんだ。

 なるべく遠くへ行こうと思って、反対側の東の浜まで走った。
 キャンプ村は人が多いと思ったけど、そうでもなかった。まだ昼前だからかもしれない。姫は途中からぼくの手をはなして、自分で走っていた。四人ともはあはあ息をしている。
「間一髪やったな」
 と、ぼくが言った。
「で、これからどうすると?」
 タケちゃんが言った。
「映画に出てもらう」
 タケちゃんとノブが同時に「は?」と言った。姫もぽかんとしている。そういえば、何も説明してなかった。
「おれ、カントクやけんくさ。お前ばスカウトしたと。分かるや?」
 姫はまだ意味が分かっていないようだ。
「お前ば、女優にしちゃる!」
 これだけ言っても反応がない。ふつう、女はスカウトされたら喜ぶんじゃないのか。原じゅくとか。ああそうか、外人だから日本語が分からないのか。と思って、言った。
「アイ・アム・ムービーマン!」
 そしたらタケちゃんが「ムービーマンって……」と笑った。何で? 間違ってる?
 カントクって英語で何て言うんだろう。
「オーケー?」
 それでも姫は返事をしない。口を半開きにして、にらむようにぼくを見ている。
「……ダメっちゃない?」
 と、タケちゃんが言った。

 しかたないので、ぼくはこのまま撮影することにした。浜辺に大きなヤシの木があって、その枝からブランコがぶらさがっている。これを使ってターザンの映画を撮ろう。
 今度はタケちゃんが、悪い役で姫をゆうかいしていることにした。そこにターザン役のノブがブランコで助けに来るシーンだ。姫を浜辺に立たせて、タケちゃんが肩をおさえつける。ぼくは姫に言った。演技の説明だ。
「レディ・アクションっておれが言うけん、それから始めてね。ノブがターザンで助けに来るけん、手ば伸ばして『ヘルプ・ミー!』って言うと。それじゃ、やってみるぜ」
 ぼくはカメラの前に走っていって、ファインダーをのぞいてこうずを確認した。
「それじゃあ、レディ・アクション!」

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 ノブがいきおいをつけて、ブランコで姫の前まで飛んでくる。ノブは「アーアアー!」とさけんだ。姫はちょっとだけ手を伸ばして、何でか自分も「アーアアー」と小さい声で言った。
「カーット! 何でお前もターザンや? ヘルプ・ミーって言うったい。いいや? ちょっと言ってみて。ヘルプ・ミー!」
 でも姫はやっぱりムスッとして何も言わない。女優がカントクの言うことを聞かないって。ぼくがイライラしていると、タケちゃんが言った。
「でも、初めて喋ったし。『アーアアー』って」
「それじゃ意味ないったい。もっかいやるぜ! レディ・アクション!」
 ノブがまた「アーアアー!」と叫んで飛んできた。あとちょっとで姫に手がとどきそうなところで、姫は何でか反対側に逃げた。ぼくはもう完全にきれた。
「カーットォ! 逃げてどうするとや? お前ば助けに来たっちゃろうが! ちゃんとやれ!」
 それでも姫は聞こえていないような顔をした。

「やっぱり、日本語わからんっちゃないと?」
 タケちゃんが言うので、ぼくは英語で「どぅーゆー・あんだすたん?」と言ってみた。何かのテレビで外人が言っていたやつだ。それでもやっぱり姫は反応しない。ぎゃくに何でか、どんどんふきげんな顔になっていってる。
 ぼくの方も、カントクなのにバカにされた気がして、もうダメだと思った。こんな女優は使えん。
「ダメばい、こいつ。英語も通じん。バカやバカ。クビクビ!」
 そしたらいきなり姫がぼくをつき飛ばして、さけんだ。
「うるさいったい、バカ! チビ!」
 まるで、ゲンが骨を取られてガルルル……って怒る時の顔みたいだった。きれいな顔がだいなしだ!
「近寄んなデブ! こっち見んなメガネ!」
 ノブとタケちゃんまでひどいことを言われて、ぼくたちはびっくりした。チビって、こいつのほうがチビのくせに。
「何やこいつ。日本語知っとうやんか」
「びっくりしたー」
「ていうか、バリ口悪くない?」
 その時、向こうから野中のジジイが何かわめきながら走ってくるのが見えた。ヤバい! 逃げようとしたけど、もう遅かった。

「このばかちんがっ!」
 けっきょく、またげんこつをくらってしまった。骨ホネジジイだからげんこつもとがっていて、父ちゃんより痛かった。
 姫はというと、ジジイの後ろに隠れて知らんぷりだ。
「この子はおれの孫たい」
 孫ってことは、子供の子供?
「何で? だって外人やん」
「見た目はな。ばってん日本人たい」
 と、ジジイは言った。でも父親はブラジル人らしい。どういうことだろうと思っていたら、タケちゃんが「ハーフやろ」と言った。
「じゃあ名前は?」
「ユイ。名字は、おりべいらとか言うとやろ?」
 と、ジジイは姫にきいた。姫はだまってうなずいた。確かに日本人の名字じゃない。
「日本で生まれて、日本語しかしゃべれんとに。なんがおりべいらか」
 ジジイはだれかに怒っているみたいに言った。ということは、姫はおりべいら・ユイって名前か。ヘンなの。
「色々ややこしくてな。夏休みの間だけおれが預かっとうと」
 ジジイはぼくたちをにらみつけながら言った。「人によけいなことしゃべるっちゃなかぞ? よかな?」
 そして、姫をつれて帰っていった。そのと中で、姫がぼくたちにふり返った。何か言ってくれるのかと思ったら、
「あっかんべー」
 ムカつくわー、こいつ。

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明日のにっき

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