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羽としてのことば、それを持たない私


たった6畳半ほどの書店が、
どう見ても彼らにとって、根を張った「居場所」となっていた。

深夜ドラマを見ているかの如く、
気さくで誰にでもフラットに接する30代前半くらいの女店主を中心に繰り広げられる会話に耳を澄ます。

そこにいたのは4人の男性だった。ぱっと見、店主のファンだと思われる人が1名、友人が1名、その連れが1名、どうやら学生でありながら詩人が1名。どうやら彼は、最近Twitterでバズったらしい。

目の前にいる数人の男性たちは、
オタクなどという煩雑で軽薄な言葉で縁取れる様相ではない。

部外から侵入者を許さないというほどでもない、
文学的な思考を言葉の断片から感じさせる、
冗談交じりの他愛もない内容だった。

でもそこに、澱みが無さ過ぎた。
他人行儀とか、益があるかないか、とか、そういう人間やり続けると、
どこかで無理が生じる言動が一切なかった。

あまりにも、彼らから発される「ことばたち」は、
無邪気で、自然で、楽しそうだった。

ぐるりと周囲を見渡す。

雑多に並べられた本。
大学図書館によくあるアルミ製の無機質な本棚。
人が本に手をかけた0.2秒差くらいで灯る、
本棚の棚ごとに付いたセンサー式のライト。

どれもがなぜか、その空間では、
詩的であり刹那的に見えていた。

ひとつひとつに、
意味や解釈をつけられるほどに。

そんな空間の中に自分が存在していると、
なんだか私は自分がとてつもなく恥ずかしく思えてきた。

どうしてこんな風になれなかったのかー

ただ好きなことを好きと叫び、
ただ在るだけでいいと自分を認められたり、
なんで出来なかったんだろう。

いかにも知見があるような素振りで本棚を見つめながら、
文字が記号化されたタイトルをぼんやり見つめながら考えていた。

「選びきれないから、また来るね」
そう一緒にいた彼氏に伝えて、その場を後にした。

彼らに憧憬の念を抱いたとともに、
どうしても自分にはそうなれなかった哀しみがぽつぽつと小雨のように降りかかってきた。

私は、その言動に相手の本音や想いが有るか無いかがなんとなく分かってしまう。もちろん直接的に言われることもあれば、なんとなしに言われることもある。
でも、それが本当に辛い。苦しい。

だから、営業時代はえらく苦労した。
時間がないから、効率的だから、前もやったから、という理由で色んなことを諦めたり、やる意味がほぼ無いに等しいことをしている自分が許せなかったし、それを求める相手にも憤りを感じずにはいられなかった。

なんでやりたくないのにやるのか?

仕事も人間関係も恋愛もそうだが、
自由意志ですらコントロールできていない行動は、
私からすれば滑稽で、あまりにも悲しい。

この状態を純度が低いと例えるならば、
余りにもその書店の空間は純度が高かった。

ただ、私が恥ずかしく情けない気持ちになった理由は、きっと純度が低い自分も居て、そいつと純度の高い私がにらめっこしながら、色んな物事を選択していることを示唆していた。

世の中は、純度の低いことだけで生きられる人もいる。でも、純度の高いことだけで生きられる人はかなり少ないのだと思う。

社会を良くしたいとか、世界を良くしたいとか、そんな大袈裟なことは言えないけど、やっぱり私は、人もモノも出来事も、純度高くありたい。その方が、きっと、良いことがある気がする。

何より好きな自分でいられる。
嫌いなものは嫌い、好きなものは好き、
できることはできる、できないことはできない。
そう言える、そう言ってもいい。
言わなくたって、言葉にしなくたって、そう思える気持ちがあることが、
どれだけ尊く愛くるしいことか。

陰陽もそうだが、純度が低い世界は、
高い世界があって生まれているのかもしれない。

きっと、中庸という言葉があるように、
世の中はこの2つの世界はバランスを取ることが必要なんだと思う。

でも、今はあまりにも純度が高いものが失われすぎている気がする。

毎朝見る朝日を美しいと思うー
毎晩聴く夜の静寂を心地よいと思うー

ただ在るものを感じる術がどんどん失われていき、
在るだけでは生きる手触りが感じられなくなっている。

私もその一人だ。

純度が高くなれば、
社会に、世の中に、傷つけられる。
何言ってんだって馬鹿にされて、笑わられる。評価がないと自分を自分として認めてくれないんじゃないか。そんな恐怖を持っている。

だから、せめて、
その2つの島をいつでも自由に渡る羽が欲しい。

どんな波がきたって、嵐におそわれたって、
行き来できる、とっておきの羽が。

でも、まだあの書店にもう一度行く勇気はない。




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