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【読書記録】羽泉のブックログ ~ 森絵都『カラフル』~

 こんにちは、羽泉です。

 日々の読書漬け生活の中で出会った、心震える素敵な小説作品をご紹介します。

 本日ご紹介するのは文春文庫より、森絵都先生の長編『カラフル』です。


【あらすじ】

 死んで記憶を失った「ぼく」の前に、妙な天使が現れた。天使いわく、「ぼく」は生前に犯した罪のせいでこのままだと生まれ変わることができないのだが、幸運なことにやり直しのチャンスが与えられているという。しかしそれは下界にいる人間の身体に魂となって入り込み、生前の罪を思い出さなければならないという無茶苦茶なものだった。
 そして目が覚めると、「ぼく」は自殺を図った中学生の少年・小林真の身体にホームステイしていた……。


【感想】

 自分にとって読書の原体験に近い作品です。
 中学生の時に初めて出会い、折に触れて何度も読み返しています。

 この作品の根底にあるのは、「不真面目に生きる」ことに対する惜しみない賛歌です。
 人間という不器用な生き物にとって、清廉建白に生きることがいかに難しいかということ、そもそもそんな必要はないのだということを等身大の分かりやすい言葉で教えてくれます。

 中学生という多感な時期に、世界の汚さを知ってしまった主人公。自分の中の歪んだ欲望に整理をつけられないヒロイン。何度決心しても誘惑に負けてしまう母親。
 誰もが自分の持っている醜い部分を認めたくなくて、覆い隠そうとして、失敗して。逃げてしまえば楽だけれど、それによって悲しむ人がいるのも確かで。もう駄目だと思った時、ふと世界の見方を変えると、それまでまったく知らなかった色が見えてくる。人間の弱さとどうしようもなさをユーモア溢れる世界観で描き出し、なおかつ肯定してくれる、優しさに満ちた作品です。

 どの登場人物にも共感するところはあるのですが、個人的には小林真の父が語った言葉が印象に残っています。

「おまえの目にはただのつまらんサラリーマンに映るかもしれない。毎日毎日、満員電車のに揺られているだけの退屈な中年に見えるかもしれない。しかし父さんの人生は父さんなりに、波瀾万丈だ。いいこともあれば悪いこともあった。それでひとつだけ言えるのは、悪いことってのはいつかは終わるってことだな。ちんまりした教訓だが、ほんとだぞ。いいことがいつまでも続かないように、悪いことだってそうそう続くもんじゃない」
 はっはっは、と照れくさそうに声を上げて笑い出す。その笑い声にはじかれたように、シートのまわりで弁当を狙っていたカラスたちがいっせいに飛び立った。

 飾り気のない言葉ですが、だからこそ真っすぐ心に響きます。
 こうした素直なメッセージとともに、それぞれの人生の歩み方があるということを教えてくれるのがこの『カラフル』という作品です。

 ともすれば綺麗事になってしまいがちな人生の教訓を、軽快な小説の文体に落とし込んだ本作は色々な意味で「ズルい作品」だと思います。
 ひとえに森絵都先生の人間に対する限りない愛が生み出した、奇跡の作品と言えるでしょう。そしてこの作品に出会えたこともまた、かけがえのない奇跡なのだと思います。

 それは、黒だと思っていたものが白だった、なんて単純なことではなく、たった一色だと思っていたものがよく見るとじつにいろんな色を秘めていた、という感じに近いかもしれない。
 黒もあれば白もある。
 赤も青も黄色もある。
 明るい色も暗い色も。
 綺麗な色もみにくい色も。
 角度次第ではどんな色にだって見えてくる。

 私たちが生きる世界のカラフルさを読者に見せてくれる、まさに不朽の名作です。
 この先も心の本棚の一番奥で、大切にしまっておきたいと思います。


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 いい作品だったなあ……。

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雪うさぎ先輩、いかがでしょうか?

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 お気に召したようです。


 それではまた次回。

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