「マカロニをね、6つに分けると宇宙があるの」
そう言ってあの子はけらけら笑う。
かと思ったら、今度は自宅の階段の上の方をじっと見つめて、数分間動かずに、一言も発することなくいたりする。
そうしてやがて、「つまんないの」とだけ口にして、自室にこもる。

ある日あの子のごはんを自室まで持っていったら、
「どうして皆、同じ世界で生きてるみたいに話すの?」
って、心底不思議そうな目で言われた。
僕は言葉に詰まって、何も言わずにごはんの乗ったお盆を差し出した。
「いつも変なものを見るみたいに私のことを見るね」
さしてどうということもないみたいに、お盆を受けとりながら、あまり感情の乗っていない風にあの子は僕に言う。
だって変だから、と口をつきそうになったけれど、言ってはいけない言葉かもしれないと思いそのまま黙っていた。
「私は皆の真似をしていたの。きっと完璧に」
言いながら受けとったお盆をテーブルに置いて、その前にちょこんと座るあの子。
そうして、ごはんをじっと見つめながら3秒くらい黙った後、口を開く。
「でも皆、おんなじ目で私を見る」
「………」
「もう慣れたけど」
言って、歪ににへらと笑ってみせた。少しだけ、かわいいと思った。
そしてあの子は、細くて小さい指で、お茶碗に盛られたごはんの一粒を摘まんで、親指と人差し指でぎゅっと潰す。
「私みたい」
笑ったままのあの子は、自分の指で潰したごはん粒だったものを眺めながら、
「本当は嫌でしょう。私にこうやってごはんを持ってくるの」
あの子に見えているかはわからないが、首をふる。本当はどう思っているかなんて自分にもわからない。
ただそうすべき場面だと思っただけだ。
「多分、間違えちゃったんだと思う」
僕の返事なんてどうでもよかったみたいにあの子は言う。
「……何を?」
小さな声で尋ねる。
やっと口を開いた僕に、あの子はこちらを"くる"と見て、至極真面目な瞳で、当たり前みたいに。
「生まれてきたこと」

 ̄  ̄  ̄  ̄  ̄  ̄  ̄  ̄  ̄  ̄  ̄  ̄  ̄  ̄  ̄  ̄ 
その次の日に、あの子は死んだ。
自室で首を吊って、普通に死んだ。
第一発見者は、いつもごはんを持っていっていた僕だった。
特に悲しくはなかった。
多分あの子の葬式の時も、僕は学校のクラスで飼っていたうさぎが死んだときみたいに、皆に合わせて悲しいフリをするんだろう。
そしてそれはきっと皆も。
だとしたらこの行為に、なんの意味があるんだろうか。
僕が生まれてきたことが、あの子のように間違いではないと、どうして言いきれるだろう。
自分で間違いだとは決して思っていないけれど、でも間違いではないと、そう言いきれる程の自信も根拠もありはしない。
昨日の、生まれてきたことは間違いだったと断言したあの子の瞳が、どうしてか頭から離れない。
立ち入り禁止になっているあの子の部屋の扉を見ながら、あの子の言葉や眼差し、歪な笑顔を思い浮かべる。

暫くそうしていると、ポンと、誰かに後ろから肩を叩かれた。
「あんまり思い詰めるなよ」
声をかけられ振りかえると、この家の人間だった。
「まぁ…残念だったよな」
そう言った彼の瞳には、悲しさも同情も、何もないことはすぐにわかった。
その場に合った言葉を口に出すだけ。人間なんてそんなものだとわかっている。
けれど、あの子の言葉には嘘がなかった。
あの子が死んだ今、本当に少しも悲しくはないけれど、でもあの子は一度だって、思ってもいないその場だけの言葉なんて、吐いたことはなかった。
それを思い出しながら、僕は唇をきゅっと噛んで、それから笑う。
多分相当下手くそな笑顔だと思う。
口元が歪んでるだけな気しかしなくて、それでも笑って、それから彼に言葉を返した。


「いや、せいせいしたよ」



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